御駄物な話

伝統的な技法を駆使して天上天下唯我独特なデザインを生み出す駄な物づくり哲学

2011年02月の記事

業界新聞2社がソーゴンスタイルプロジェクトを記事にしてくれました

いつもお世話になっている「佛教タイムス」さんと「宗教工芸新聞」さんが先日のギフトショーの事を記事にしていただけました。


佛教タイムスさんの記事です。
佛教タイムス20110226
(記事をクリックすると大きくなります)
ネットでも記事を見ることができます。
http://www.bukkyo-times.co.jp/14d65ff8f3ef6f.html



宗教工芸新聞さんの記事はコチラです。
宗教工芸新聞20110226
(記事をクリックすると大きくなります)



業界紙では近々「月刊仏事」さんの方でも記事にしてもらえるようです。
仏教業界ならではの専門誌さん達が好意的にしていただいていて本当に助かります。
いろいろな所で元気ある三河仏壇を発信していきたいと思っています。
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中日新聞朝刊にソーゴンスタイルの記事が掲載されました

現在プロジェクト・リーダーとして進めている三河仏壇ソーゴン・スタイルの商品が本日の中日新聞朝刊の愛知県内版に掲載されました。

ソーゴンスタイル中日新聞11-2-19
(写真をクリックすると大きくなります)


今までにないユニークな商品ばかりなので見ているだけで楽しいです。
現在、これらの商品はプロジェクトに参加してくれている三河内の各仏壇屋さんが保管しております。
保管している商品と仏壇屋さんは下記のリンク先でご確認ください。


i-Pad用スタンドとコロコロホルダー
http://moonmmoon.blog115.fc2.com/blog-entry-766.html
メモリアルボックスとダストボックス
http://moonmmoon.blog115.fc2.com/blog-entry-767.html
箸ケースと天蓋時計
http://moonmmoon.blog115.fc2.com/blog-entry-768.html
アートパネルとはっそう時計
http://moonmmoon.blog115.fc2.com/blog-entry-770.html
フロアースタンドと地球儀
http://moonmmoon.blog115.fc2.com/blog-entry-773.html
麻雀牌とUSBメモリー&木魚ヘッドホン
http://moonmmoon.blog115.fc2.com/blog-entry-774.html

僕の祖父2(父方)

前回母方の祖父の話をブログで書きました。
今回は父方の祖父です。


実は祖父は僕が生まれる前年に病気で亡くなっているので実際の顔は仏間の鴨居にかけられている遺影だしか知りません。
そして真面目で無口な職人だった事くらいしか知りませんでした。


父方の祖父は戦争に行っていません。
背が低すぎたのが理由だったようです。
戦争に行けなかった若者は田舎の小さな村で肩身を狭くして過ごしたのだろうと察しがつきます。
祖父もその一人だったのではないかなぁ?


都築の家は男系が早死にする家系だったようで、どんどん貧乏になっていったようです。
祖父は都築家の三男坊だったが、兄二人が早くなくなってしまったので跡を継いだようです。
三男だった事もあり、幼い頃から食い扶持を減らすために名古屋の仏壇彫刻師の所へ住み込みで奉公しています。


祖父の時代、都築家は柿農家をやっていたそうです。
現在、幸田町民会館がある場所に柿畑があったと祖母が聞かせてくれました。
その畑を守ったのは祖母で、祖父は若い頃に覚えた職人技を生かして僧侶が座る椅子「曲録(きょくろく)」を作る専門の職人となりました。


実はその曲録を専門で作る職人は愛知県に祖父だけだったようです。
近くにいたのは滋賀県に一人いただけだという事で仕事はひっきりなしにあったそうです。
祖父が作った曲録が愛知県内でいまだに使われているかもしれないと思うと何かぐっと来るものがあります。


祖父の唯一の楽しみには昼1合、夜2合の酒だったそうです。
特に何か語るわけでもなく、祖母が見聞きした話を「ほうか(三河弁でそうなのかって意味)」と言って聞くだけだったそうです。
人と交わる事もなく、黙々と木と向き合う実直な職人だったようです。
母も父も口を揃えて祖父の事を「世間知らずな人」だと言っていました。
高度経済成長なんて関係なく、毎日を同じように過ごせた人だったのだと思います。


しかし祖父は53歳で亡くなってしまいます。
脳腫瘍だったそうです。
死ぬ直前まで仕事をやっていたそうです。


祖父が亡くなった後、父は曲録制作の仕事を継ぐ事はありませんでした。
その頃、既に曲録を作る仕事は台湾で殆ど作られるようになっていました。
将来を見据えて、よく似た技術で制作される仏壇に商売を移行させました。
時流に乗り、店もどんどん大きくなって今に至っています。
そしてその仏壇も曲録のように海外で生産が主流となっています。


僕の時代はどうするのだろうか?
時代の流れの中で変化を遂げてきた我が家の商売。
戻るのもよし、進むのもよし。

フリースタイルな僧侶たちのフリーマガジン

以前からとても興味のあったフリーペーパーがありました。
それが「~仏教の未来に挑戦する情報誌~フリースタイルな僧侶たちのフリーマガジン」さんです。
(以下フリスタと省略させていだきます)
http://www.freemonk.net/
110215_1749~01
その編集をやっている池口龍法さんが当店に来てくださいました。


昨日、名古屋の熱田にある想念寺さんで「第4回お寺で宇宙学」を開催されて、その足で残雪の中幸田町まで来ていただきました。



このフリスタは僧侶の為の物だと思っていましたが、実は一般の人に僧侶の事を知ってもらう為の物だというのが読んでみてわかりました。
配布先も京都市内のカフェやバーなど一般の人が来る場所にあるそうです。


将来の仏教界を危惧する若手僧侶は僕の周りにもいらっしゃいます。
しかし、実際に何をやればよいのか、またどうやって自分の思いを伝えたらよいのかという迷いがあるそうです。
何もしなければ何もしないで日々が過ぎていきますから。
それは僕も同じですが……。


こういう前を向いている方とお話するともっと頑張らなきゃって本当に思います。


1度価値観が壊された祈りの文化を再構築するのは我々世代のような気がします。
それも我々世代の表現手法を使っていくべきだと思います。
少し前までタブーだった事が案外とタブーじゃなくなってきたりしています。
常に時の移り変わりを肌で感じられるような感覚はいつも身につけていたいと思います。


本日はとても良い出会いができました。

僕のお祖父さん

今日母親と何故か祖父の話になりました。
折角聞いた話を忘れないうちにブログに書き込んでおきます。


祖父は愛知県蒲郡(がまごうり)で生まれました。
蒲郡は漁師町なんですが、住んでいたのは山の方なので結構おっとりとした祖父でした。


祖父は高等学校を卒業すると海軍に入隊します。
そしてすぐに船に乗って真珠湾攻撃へ参加しました。
その時に銃弾を腹に受けて海に投げ出されたそうです。
その銃弾痕を子供の頃に自慢げに見せてくれていたのをうっすら覚えています。
仲間に助けられてて祖父が思った事は「戦争に行きたくない」だそうです。


戦争に行かないために仕官になる事を志します。
(こういう所が僕が遺伝子を引き継いだような気が……)
寝る間もおしんで、それこそ便所に入って勉強したそうです。
その甲斐があって上官となりその後は本土で戦争を体験します。
海軍の上官だった事もあり戦時中は結構食料に困らなかったそうです。


そして広島の呉にあった海軍基地で祖母と知り合います。
なんと戦時中に恋愛して成就していたんです。
僕の母は昭和20年に広島で生まれています。
原爆が投下された時には広島市から少し離れていたので被爆しなかったですが、祖母の話ではとても恐ろしい光と音がしたと話していたそうです。


祖父が海軍の上官になっていなければ、祖母の実家がもっと広島市に近ければ母は生まれていなかったのかもしれません。
人生ってそんなものなのかもしれないですね。


戦後、祖父は祖母と愛知県蒲郡市に戻ってきます。
3男だった祖父が帰ってきたのは兄二人が戦死したからです。
その兄弟の家庭と自分の家庭を祖父は一人で支えてきました。


祖父は紡績が儲かる時代には紡績をやり、それが下火になると山師になって木こりのような仕事をしました。
祖父が凄いのは60歳過ぎに宅建の資格を取得して不動産屋を開業。
そして70歳には蒲郡市会議員となり、現職の間に病気で亡くなってしまいました。
本当に一生懸命頭と体を使って生きた人だという事です。


自分の祖父に限らず戦後を生き抜いた人は人生がまるでドラマです。
生きる事に精一杯で振り返ると面白い事をしているのが祖父の世代かもしれません。
生前のうちにもっと話を聞いておけばよかったなぁなんて思いますが、当時僕は高校生。
祖父の話の楽しさが分からなかったので仕方ない。


最近、自分の仕事は「伝える」がキーワードなのかなぁって思っています。
アメリカンエキスプレスが「守る」事が会社のキーワードのようにね。
こうやって祖父のような名も無き人物の生き様を残すのも大切な事だと思います。
小さなメモ書きでも仏壇の中にそっとしまっておくことで次の世代に生き様を伝える事ができる。
そんな仏壇のメリットを最大限に使える事をこれから少しずつやっていこうと思っています。


明日は父方の祖父の話を聞いてみようと思います。

マタギの生活

足助の方にお願いして動物の骨を捜してもらっています。
ちょっと作品&撮影に利用したいと思いまして。
知り合いで「イノシシ猟」をされている方がいると教えていただきました。
捕獲されたら提供していたける事になりました。


ふと昨日の日記で森と熊の自然保護の事を書いてからですが、僕は山に関わる仕事をしていない事にあらためて気づきました。
しかし車で1時間くらいの所には狩猟をやっている人が実際にいます。
実際僕の犬の散歩コースには禁猟地区という看板が立っています。
それは近くに猟場があるという事です。
山の中から銃声も聞こえてくる事がよくあります。
僕の近所では鳥を撃っている人達ですが。


僕の母方のおじいさんも昔「山師」をやっていましたので、山に係わる方々の生活ってどうなんだろうと思ってきました。
ちょっとそちらを少し勉強してみたいと思います。
早速数冊本を注文してみました。


ザ・コーブというイルカ漁を報じたドキュメンタリー映画がありました。
世界では残虐だと避難をうけます。
生きるという事は全て残虐な行為を犯さなければ成り立ちません。
イルカはかわいそうでサンマはかわいそうでないというのは感情です。
とは言ってもその感情もとても大切な側面があります。


これをご縁にいろいろな方面から森やその生物について学ぼうと思っています。
日本の事を知る事で無駄な事は一つもありません。
案外と伝統を残すヒントが隠されているかもしれません。
全く違うジャンルの方が勉強になったりして。

森と熊を救う活動にご協力を

僕の友達が地道に森の熊を守る運動をしています。
熊の食料がなくなり山から人間の住む場所へ来てしまうという事で、熊の食料となる「どんぐり」を集めてボランティ団体に送ったりしている優しい女性です。


最近は彼女が心を痛めているのは、漢方薬として熊の胆嚢が胃腸薬として高く売れるというので違法に熊を乱獲する人がいるそうです。
彼女が熊を守る活動のお手伝いをしていなかったら知らなかった事です。
無知が一番の罪ですね。


なぜ彼女が熊を守ろうとしているのか聞いたら、たまたまテレビで現在の熊や森の現状を知ったからだそうです。
テレビでたまたまテロップででた電話番号に電話してお手伝いできる事を聞いたそうです。
映像を見てかわいそうだなぁって思う人は多いと思いますが、直ぐにアクションを起こせる人って少ないと思います。
本当に凄いなぁって彼女に関心してしまいました。


その熊の乱獲等を防ぐための署名活動をやっています。
森とその生物を守るためにぜひご協力をお願いします。
署名提出が2月15日なので期間は短いですが、ぜひご協力お願いします。
署名書類は都築仏壇店に用意しています。
お時間があればぜひ来店ください。
遠方の方は下記のHPから書類をダウンロードできます。
http://kumamori.org/news/blog/2011/02/10/recent-act/2984/
そちらを指定先に郵送してもらってもオッケーです。

また雪が降る……という事はアレを作らなきゃ

全く今年は何回雪が積もるんだい?
寒いの嫌いだから、スキーもスノボーも基本的にやらないのに。
雪が積もったら「雪ベアブリック」を作成しなきゃいけないじゃないか。
*雪ベアブリックの作り方についてはコチラをご覧ください。
http://moonmmoon.blog115.fc2.com/blog-entry-760.html


今日は忙しいので3体だけにしておきましたよ。
本当はもう少し作りたかったんですけどね。
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今回は雪から浮かんでくる感じにしたかったので車のフロントガラスに積もった雪の上に置いてみました。
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もう少し雪が降ると自然な感じになりそうですが……そろそろ天候も回復してきそうです。


今日は今から京都仏具協同組合青年会さんの創立50周年式典に出席するために京都へ行ってきます。
冬の京都は寒がりには厳しそうだなぁ。

憧れだった人と酒を飲む

僕の人生において大きな影響を与える人物が3名います。
一人はチャールズ・イームズさん。
20代の頃、彼のデザインした椅子にはまり気がつけば10脚ほど集めてしまいました。
もう一人は喜劇王、チャーリー・チャップリンさん。
高校生の頃から好きで、こちらも全ての作品をコレクションしてしまいました。


もう一人がキャラクターデザイナーのキタイシンイチロウさんです。
http://spysee.jp/%E3%82%AD%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%A4%E3%83%81%E3%83%AD%E3%82%A6/1052856/
実はキタイさんに憧れてデザインをはじめたんです。


昔「誰でもピカソ」から出演オファーが来た時に尊敬するアーティストの欄にキタイさんの名前を書いたくらいです。
(番組出演は流れてしまいましたが)
仏壇職人がなぜキャラクターデザイナーさんに憧れるのかって思いますよね。


それは伝統という閉塞感から抜け出したかったんです。


10年ほど前から僕は一風変わったデザインの仏壇を発表してきました。
その頃は本当に風当たりが強く、常に四面楚歌状態。
職人の世界は悪い所を探し、けなしあう世界でもあります。
見た目や仕上がりが大切で商品の世界観やデザインなんて不必要と思われていました。
まだ若かった僕に味方してくれる人はほぼ皆無。
本当にこの業界から出て行こうと思っていた頃です。


そんな時に出会ったのがキタイさんのデザインした「evirob」でした。
メディアミックスされたキャラクターはファッション・雑誌・フィギュア・音楽をキャラクターが一つにつなげていました。
元々コレクター癖のある僕は購入できる物は殆ど購入しました。
今でも大切にアトリエにイームズの椅子と共に飾っています。


コレクションしているうちに思い出したんです。
自分が玩具やキャラクターが好きだった事。


仏壇と離れて、自分のオリジナルのキャラクターを作り出そうと考え始めました。
キタイさんの影響をもろに受けながら出来上がったのが「あの世の歩き方」のキャラクターです。
曼陀羅図
仏教の世界観をキャラクターで表現したイラスト本まで出しました。
(残念ながら出版会社の倒産で絶版になっています)
その後、このキャラを使ったTシャツなんかも作りました。
それを持ってデザインフェスタにも出展。
実は最初のイベント出展はTシャツを売りに行ったんです。
デザインフェスタで自分の物を自分で売る人達の情熱を知り、これこそ本物の物作りの精神だと気づかされました。
伝統の世界の閉塞感の中でがんじがらめになって身動きとれないと嘆くよりも、こういう場所に出展して自由に表現すればよいんだと気づきました。


その後、直ぐに若手職人を集めてアートマンを立上げました。
何のビジョンも方向性もありません。
ただ「伝統で楽しい事をやろう!面白い事をやろう!」という僕の気持ちだけで動きだしました。
そして初めてアートマンで作ったのは「木製フィギュア」でした。
現在4代目、当初アートマン人形と呼んでいた物は「クロート」という名に変わりました。
http://gamez.itmedia.co.jp/games/articles/0808/07/news063.html
仏壇キャラクター仏壇クンも登場しました。
http://homepage2.nifty.com/artman/butsudankun.html
玩具作りで物を作る基本的な精神を僕は学んだような気がします。


キタイさんのデザインと出会わなければ「アートマン」は無かったかもしれません。


そんなキタイさんとなんと東京でお酒を飲む事ができました。
それもなんと行き着けの焼き鳥屋さんに招待してもらいました。
超ハイテンションで1時間半で生中5杯ほど飲んでしまいました。
コラボの話もいただき、本当に感無量でした。
何かワクワクするような事ができそうです。


ギリギリまでお話させてもらって超特急で東京駅へ。
最終の新幹線に飛び乗って(大げさな表現ではありません)帰路へ。
ニューヨークの個展でマイクマイヤーズと会った時よりも数段感動しました。
今回の出会いが伝統を21世紀型に進化させる予感がしています。
これからが本当に楽しみにです!

仏壇業界で起きている事

現在仏壇業界は大きな分岐点に差し掛かっています。
仏壇販売において公正取引委員会から下記のサイトのような意見が上がっています。
http://www.butudan-kousei.com/info.pdf
仏壇販売に関する消費者からのクレームを防ぐために基準を定めようとしています。
どんな業種でも悪質な人はいます。
そんな人のとばっちりを伝統産業はうけようとしています。


ある一定のルール決めは良い事だと思いますが、仕入れ商品と伝統的工芸品の仏壇が同じ枠の中に入る事で問題が生じています。
国が定める「国産品」の枠組みの定義は以下の通りです。


仏壇の製造工程(木地、宮殿、彫刻、錺金具、塗装、金箔押、蒔絵、組立・仕上げ)のうち、木地、塗装、金箔押、組立・仕上げの4工程すべて及び宮殿、彫刻、錺金具、蒔絵のうち1工程以上が日本で施工されたものが国産品である
http://www.butudan-kousei.com/idea.pdf
↑詳しくは別表4をご覧ください。


分かりやすく言うと宮殿(屋根)、彫刻、金具、蒔絵の内1つだけ使っていれば、残りは海外製品を使っても「国産品」という表示ができるという事です。
全体の工程51%以上が国内で制作されていれば「日本産」の資格を手に入れる事ができるというのが役所が決めた素案です。


この国は自国の伝統を守る気はないんでしょうね。
力の強い国内メーカーの方を守りたいんだと思います。


伝統を守る職人の声は国の姿勢と共に諦めに変わっていってしまいます。
国に見捨てられていく伝統……。
国内にその職種に携わる人間の尊厳は少ないからで切り捨てられてしまいます。
多数決で決めていくのなら、この国からマイナー文化は全て消えていくでしょうね。


これが僕らを取り巻く業界の環境です。
だからこそ成功例を作り上げる必要があります。
そのために今のプロジェクトを成功させて伝統的な仏壇作りを世の中に見直させてやろうと思います。



それにしても仏壇に海外製の部品を使いながら日本製だと言う事に消費者は戸惑わないのかな?
仏壇って家電製品とかじゃないんだからさぁ。

本日ギフトショー最終日

三河仏壇ソーゴン・スタイルが出展している東京ギフトショーも本日4時に終了します。
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1年間かけて作った試作品の数々、これから進んでいく方向性をぜひご覧にきてください。
残念ながら会場に僕はいませんが、アートマンの平林さんと伊藤君がアテンドしています。
素敵な作務衣姿を見に行ってください。


三河仏壇ソーゴン・スタイルのブースは東館4006です。

現在ギフトショー出展中

現在僕がプロジェクトリーダーとして活動している三河仏壇「ソーゴン・スタイル」という新しいブランドが東京ギフトショーに出展中です。
僕の方は自分の仕事の都合で初日・2日だけのアテンドで地元に帰らなければならなくなりました。
今頃は他のメンバーが一生懸命やっている最中だと思います。


ブースの感じはこんなのです。
赤黒白をベースにまとめてあります。
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17アイテムもあるのでレイアウトには苦労しましたが、結構面白いブースになりました。
場所も東4ホールの入口から近いので多くの人がブースに立ち寄っていただきました。


東京の僕の知り合いも顔を出していただいたりして本当にありがとうございます。
プロジェクトのサポートしていただいている「大川興業の大川総裁」やカメラマンの「たかはし じゅんいち」さんも会場にかけつけてくださいました。
それ以外にも懇意にしているコレジャナイロボの「ザリガニワークス」の武笠さんと坂本さん。
戦国ブランド「もののふ」の田中さん。
Tシャツを日本で始めて作った「久米繊維」さんの皆さん。
トウキョートラッド」の横川さんは隠れキリシタンの不動明王手ぬぐいまでもらっちゃいました。



それ以外にも急な呼び出しにも係わらず駆けつけていただいた「インターネット寺院・彼岸寺」の青江さん。
憧れだった「デビルロボッツ」のキタイさんとコトさんには大接待していただき感無量です。
何よりもいろいろと気遣いいただいた「まりスティーヌ」とスーパーダンサーの「ピンQ」さん本当にありがとうございました。


いろいろな方々に支えられているのに感謝しています。
自分の周りには素敵な方々がいっぱいいるので本当に幸せ者です。
充実した東京ステイでした。


しかしまだギフトショーは今日・明日と開催しています。
ぜひ東京ビックサイトへ行かれる際には三河仏壇「ソーゴン・スタイル」のブースへお立ち寄りください。
ブースは東4006です。
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