御駄物な話

伝統的な技法を駆使して天上天下唯我独特なデザインを生み出す駄な物づくり哲学

2011年04月の記事

親父の選挙の裏話(推薦激闘編)

前回の続きです。


区の推薦を受けた父親。
しかし、家族はバラバラ。
勝手に選挙やれば的な状態。
しかし、区の方は家族の応援は推薦条件の筆頭です。
当たり前ですよね。
皆さんボランティアでやってくれるのに、家族が誰も手伝わないなんてありえないですもんね。
親父は焦るわけです。
母親は相変わらず、応援する気は0の状態でした。


そんな中、町会議員の選挙の2週間前に開催される県議会議員選挙の影が親父に伸びてきます。


第1回目の選挙対策の会議が3月上旬に開催されました。
実はその日に母親も僕も予定があったので参加していません。
代わりに長男(僕は三男なんです)に家の代表として参加してもらいました。
親父の意向を取り込んで選挙を運営するスタッフが決まって行くはずの会議だったはずです。


しかし、そこで言われたのは親父の推薦取り消しの話。
理由は3つ
1.現職の県会議員の選挙スタッフのメンバーに僕と父の名前が載っている事
(ちなみに、親父の選挙対策のトップとサブなど主要な人が敵対候補を支援していました)
2.家族の賛同を得られていない
(母親がこの会議に出席していない事、離婚するという発言の影響がありました)
3.親父の人間的な資質
(これは笑えましたが、バカだから議員になれないそうです)


3番はどうにもならないですけどね。
父親と兄は3時間、親父の人間的な資質の低さを愚痴愚痴言われて、ただ黙っていただけだそうです。
父親いわく、あまりに長い時間だったので、何を言われたか良く覚えてないが「バカ」と3回言われた事は覚えているようです。


要するに親父をどうにか下ろして、別の候補を擁立したいのです。
実は親父が区の推薦を得た選挙には裏がありました。
現職が後継者として押していた人が立候補していました。
事前に根回ししたり、あいさつ回りもしていたのです。
その人が区の代表になるはずだったのに、何故か親父が選ばれてしまった。
ここで大きく筋書きが変わってしまったのです。


実証する事は不可能なので軽はずみな事を書けませんが、県会議員選挙の動向が親父の推薦取り消し問題に発展しているような気がしました。


嫌がらせに近いやり方に本気になった人がいます。
それが長男です。
ちなみに長男は地元で動物病院を開院しております。
言われた事をしっかりとメモして帰って来ました。
長男にとって父親を他者がバカにしつづける姿を見るのはさすがに腹がたつようです。


ここから都築家は長男を中心に団結していく事になります。
子供の頃、親父は遊び歩き、母親は朝から晩まで仕事をし、長男が僕と真ん中の兄をまとめてきました。
いつ頃から父と兄の立場も逆転。
我が家では誰もが兄の言う事を聞くようになっています。


寝た子を起こしてしまったのは相手方の戦略ミスです。
ここから都築家の反撃が始まります。
選挙スタートまで残り約1カ月。


また話の続きは次回にて!
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親父の選挙の裏話(立候補編)

無事に親父の選挙が終わりました。
結果は無事に当選。
新人ではトップ、全体でも4位での通過でした。
まずは一安心です。


今まで多くの事がありましたが、選挙の事を考慮して控えていました。
選挙も終り、その舞台裏をちょっとお伝えしておきます。
実に親父らしい選挙戦でしたので。


親父は昔から町会議員に憧れていたのは、多くの人が知っている通りです。
4年に1度、統一地方選挙イヤーには正月に家族に立候補宣言していました。
しかし、日頃の行いが悪いので常に大反対をうけて毎回諦めざるおえなかったんです。
そもそも、出たいから出れるわけではないんですが……。


ご存知、幸田町は田舎です。
選挙も昔ながらの風習があります。
当然、選挙なので当選するには多く票を集めなければいけません。
その為に自分の住んでいる区の推薦が当選の必須条件です。
自薦で出ても良いですが、余程の有名人や若い人でなければ間違いなく落選します。


親父は自分の事を過大評価するくせがあり、自薦でも当選すると思っていたので「立候補」すると4年に1度宣言したりするんです。


今回は親父が選挙に出れる為のラッキーな出来事がありました。
(その出来事で僕は大いに苦労する事になるのですが……)
県会議員選挙です。
僕の住んでいる区から2名が立候補して一騎打ちとなりました。
誰の目から見ても区がゴタゴタするのは予測できましたし、実際、区が真っ二つになるような事になりました。
町会議員の推薦者となれば、当然、そのゴタゴタの渦の中に巻き込まれる事になります。
本来なら元区長さんなどの中から推薦者が選ばれるのですが、そんな理由もあり擁立が難航しました。


そこで区の住人の中から立候補者を募って、選挙対策委員の方で選挙する方法が選ばれました。
町会議員になれる最後のチャンスだと思い、父親は家族に満足な相談もなく立候補したのです。


なんとその区の代表者を選ぶ選挙で過半数を取ってしまったのです。
運が良いなぁって思うのは、その選挙のあった日の中日新聞の朝刊で大きく僕が総責任者となって進めている三河仏壇のプロジェクトがデカデカと取り上げられました。


こうやって親父は区の推薦をもらってきました。
ここからが大変です。
選挙に出るには超えなければいけない、避けては通れない壁が登場します。


それが「妻」(僕の母)の存在です。
親父の性格を知っている母は当然大反対です。
その上、十分に僕の母親に相談もせずに区の代表者の選挙に出ています。
母親からすれば、相談もせずに勝手に立候補するんだから、勝手にやればって姿勢になりますよね。


この時に正面きって土下座でもして説得すればまだ問題にはならなかったのかもしれません。
親父は母が怖いので、知人友人に手紙を書いて説得の依頼をしました。
また説得に来た人の言い方も悪い。
「亭主のやる事に女房は黙って着いてくるもんだ!」
来る人、電話をかけてくる人がこんな具合だから、当然、母親はさらに激怒です。
「選挙に出るなら、離婚するので勝手にしろ」てな具合にさらに悪い方向へいきました。
現職の地元の町会議員さんが電話かけてきた時にも同じ事を母親は口にしてしまいました。
後々、この言葉が大問題に発展する事となりました。


ちょっと話は戻ります。
県会議員の立候補者が僕の住んでいる区から2人出る事になっていました。
僕の実家の向かいの同級生のお父さんが現職の県会議員さんなんです。
親戚づきあいを昔からしているので、当然都築家は全面的に近所の方を支援しています。
しかし、地元の町会議員さんや親父の選挙対策のトップの方は別の候補を支援していました。
これが引き金となって親父の候補者降ろしが始まりました。


推薦取消ギリギリの攻防はまた次回に。
どんな選挙も常にドラマがありますよ。

選挙ポスターについて思う事。

父親の為にポスターのデザインをやりました。
その関係で選挙のポスターに目が行きます。


近隣の市町村の選挙ポスターでは今回の震災に触れている物はほぼ皆無です。
たぶん、震災発生前にポスターを作った人が多いからなんだと思います。
もしくは選挙と震災は別の物だと思っている候補者が多いのかもしれません。


震災前は減税が選挙のテーマだったような気がします。
しかし、今は日本の事を考える必要があると思います。
こんな田舎で震災地から離れていますが、何かできる事があるはずです。
道路でつながった所なんですから。


選挙ポスターは候補者のひとりよがりの物が多い印象をうけます。
大事な広報ツールだという意識が少ないんでしょうね。


父親のスーツ&ネクタイの購入から始まって、写真撮影、キャラクターデザイン制作、そしてキャッチコピーの作成まで今回は僕一人でやったので、親父らしいのを作れたと思います。
ぜひ、幸田町に来たら見てやってくださいね。

POP BOX用の商品できましたぁ!

親父が町会議員の選挙に立候補する事になり、いろいろとバタバタしています。
今日も選対のトップの方から呼び出しがありましたが、とある理由で行きませんでした。
明後日からの親父の選挙も大切ですが、その前に完璧に終わらせておかなければならない事があるのです。


それが澁谷ロフトで開催される「POP BOX」というイベント用の商品を仕上げる事です。
納品日を考えると本日中に商品を仕上げなければいけません。
なんだかんだでこんな時間まで作業して送れる用意までしました。


今回は憧れだったデザイナーさんとコラボが実現しました。
アートマンが生みだしたキャラクター「仏壇クン」をデビルロボッツのキタイさんがネオ仏壇クンにリニューアルしてくれました。
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さらに仏壇の技術で作ったロボット「クロート」もキタイさんのリデザインでネオクロートとなりました。
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伝統だけだとどうしてもつまらなくなりがちなんですが、キタイさんのエッセンスのおかげでとてもユニークでメッセージ性のある商品として生まれ変わる事ができました。
そして全て手作りの商品です。
それも国の指定の伝統工芸士が2人も携わって制作しています。
ぜひ4月22日から澁谷のロフトで開催される「POP BOX」で伝統の新しいスタイルをご覧になってください。
質感は見ないとわからないですよぉ。


今回はデビルロボッツさんとアートマンの新ユニット「WASABI」として出展させていただいています。
http://www.dvrb.jp/w/
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5月7日はキタイさんと人生初のライブペイントにも参加します。
東京に久しぶりに行きますので、また遊んで下さいね!

僕らしい言葉を探していました

今回の日本を襲った未曾有の大震災に言葉を失いました。
ブログが書けなくなりました。
何度も書いては消去ばかりしていました。


被災していない僕の綴る言葉は全て偽善に見えてきてしまいました。


昨日、エッセイを連載している岡崎のタウン誌「リバ!」の原稿を仕上げました。
やっと言葉が書けるようになりました。
タイトルは「プレイ・フォワード・ジャパン」です。
僕らしい言葉がやっと見つけられました。
エッセイの内容については配布される今月20日以降に紹介しようと思います。


僕の思いを現在コラボをしていただいている超メジャーなデザイナー「デビルロボッツ」のキタイシンイチロウさんが表現してくれました。
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被災していない地方の僕ができる事は「力強い祈り」なのだと思います。
そして日本の経済・日本の伝統文化を力強く発信する事が自分の仕事だと思います。
常にフォワードでなければダメです。
眩しいくらいの輝きを放つことで日本をリードしなくてはね!
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