御駄物な話

伝統的な技法を駆使して天上天下唯我独特なデザインを生み出す駄な物づくり哲学

2011年09月の記事

津波被害の位牌修復ボランティアがいろいろな新聞に掲載されていました

8月上旬に取材してもらった記事がいろいろな所に配信していただいたようで、記事を送っていただきました。
掲載されたのは下記の新聞とネット記事です。



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8月7日デイリー東北
「震災で傷ついた位牌修復」
8月7日岐阜新聞
「津波被害の位牌 もう一度美しく」
8月11日北陸中日新聞・夕刊
「初盆 家族守って」
8月12日京都新聞・夕刊
「位牌修復 心の支え戻る」



ありがとうございました。
お位牌や仏像などの修復依頼が50件を超えました。
本日も釜石から1柱、みごとなほどボロボロになった位牌が送られてきました。
仕事の合間に修復している所です。
時間はかかりますがコツコツと直していきたいと思っています。
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大正時代の立派なお仏壇を1/2サイズにしてみました。

10年来のお付き合いのあるデザイナーさんからの依頼で100㎝弱のお仏壇を50cm弱にしてほしいというミッションをいただきました。
初めての試みなのでとても楽しく製作する事ができました。
当初は木地を扱う専門職人に依頼しようと思っていましたが、どう指示するべきかを決めかねていたので、不安もあったのですが自分で製作する事にしました。
時間はかかるかもしれませんが、イメージに合う形に仕上げるには自分でやるが一番です。


ただし、工具があまり揃っていないので卓上のノコギリだけ購入することにしました。
工具は傾斜盤とボール盤、糸鋸だけ、残りは全て昔ながらの道具ばかりです。


どのお仏壇というとこんなのです。
改造前
ざっくり半分にするというのは赤い部分をカットする感じです。
カット部分



仏壇を分解して各パーツごとにカットしていきます。
この作業は一気にやる勇気と計算と勘が必要になってきます。
確認しながらサイズを縮めていきます。
カットしては組上げて、微調整してはまたバラしての繰り返し。
そんなこんなを試行錯誤しながら4日間ほどかけて改良しました。
幅を45㎝、奥行きを25㎝、高さを15㎝小さくしました。


改造後正面改造後正面障子


彫刻も大幅にカットしました。
改造後彫刻

下の部分は真ん中の引き出しのみを活用しました。
多少なりとも収納は欲しいですからね。
なるべく元々ある部材を活用して欲しいとの事で丸い柱も強引に組み込んで残す事にしました。
改造後下部分


近々、依頼者に見てもらってオッケーいただければ塗りの工程に入ろうと思います。


大きな仏壇は現在のライフスタイルに合わないのは仕方がない事です。
祖先が大切に守ってきたお仏壇を捨てて買い換えるのは忍びないって思いは誰にでもあると思います。
こうやって小さくしてでも家族の歴史が紡いでいく。
そのお手伝いをする為に職人はいるのかもしれません。

3月11日から数カ月で思った事をアップしました

岡崎のタウン誌リバで連載させてもらっている「ロッキン六道」
震災直後の2回に渡って大震災について書いた記事をあの世授業のブログにアップしました。
http://ameblo.jp/tsuzu-qee/


あれから半年。
毎月東北地方でみる風景は相変わらず心を締め付けます。
僕らは僕らでできる事をやりつづけるだけです。
津波被害位牌修復ボランティア「SAVE Pray JAPAN」は息長い活動を続けていきたいと思っています。
http://savepray.jp/

初挑戦中!大きな仏壇を小さくするという依頼

知り合いのデザイナーさんから新築するのだけど、今あるお仏壇が大きすぎるので小さくしたいと相談をうけました。
昔からあるので捨てて、新しいのに買い替えるのは先祖に悪い、でも今のライフスタイルに合わない。
確かに……。


仏壇を大きくしたいという相談は受けたことがありましたが、初めての仕事に「面白そうなので」と即答。
という事で仏壇の縮小化に取り組んでいます。
縮小するには切り捨てる箇所をどうするかを考えなければいけません。
多くのパーツは破棄しなければいけません。


まずは屋根をカットする事にしました。
元々はこのような屋根でした。
縮小前
この屋根を一度分解して両側を思い切ってカットする事にしました。
そうするとこんな感じになりました。
縮小後
これで半分くらいに縮小できました。
この屋根を内寸のベースにして外観などを作っていきます。
職人さんにカットなどを頼もうと最初は思っていたのですが、試行錯誤する楽しい行為は自分でやりたいと思いました。


これから外側を作っていこうと思っています。
何を使って、何を処分しか考えながら。
こういう仕事は実に楽しいです。

伝統を守っているのはお客さん

50年~80年に一度、仏壇をリニューアルする事をお仏壇の洗濯と呼んでいます。
そうして仏壇に職人の手を入れる事で100年、200年、300年とお仏壇を残していくことができます。
またそういう仕事を依頼することで職人に仕事ができて、伝統技術の継承もされてきました。


僕がやっている職人仕事の殆どがこのお仏壇のお洗濯です。
分解して、洗って、専門の職人さんの所へ持っていき、出来上がったら引き取って、組み立てる。
そんな事を1年中やっています。
ありがたい事に営業マンがいるわけでもなく、折込チラシを入れることもなく定期的に仕事がいただけています。


現在組み立てをさせていただいているお仏壇の依頼者は伝統を守るために、仏壇の彫刻を作り替えさせてくださいました。
ありがたいです。
彫刻師さんと打ち合わせして2匹龍を彫ってもらいました。
木地を塗って金箔が押せました。
やっぱりいいですよ。
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こうやってお客さんからお仕事をいただける事で伝統は継承されてきたのだと実感しています。


お仏壇のお洗濯も依頼をされてから4ヶ月、もうすぐ完成しそうです。

被災地でお預かりした津波被害の位牌の木地直しをしています

1週間前に陸前高田市~南相馬市まで3県に渡り、津波位牌の修復ボランティアに行ってきました。
今回は懇意にしているデビルロボッツさんのキタイさんとコトさん・アートマンからは伊藤くんと石川さんが一緒に参加してくださいました。
また詳細については後日アップしようと思います。


塩釜市と気仙沼市では修復依頼の位牌があったので、直接依頼者の方とお話しさせてもらいその場で位牌を引き取ってきました。
塩釜のお位牌は雲上寺の副住職さんが檀家さんにお話をしてお預かりしていただきました。
http://unjoji.com/home.html
お手数かけました。


前回の日記にも書きましたが、地元密着でかなり多忙でして1週間遅れで位牌修復の段取り中です。
今回は段取りの間に2柱の位牌が気仙沼から郵送されてきましたので、位牌が14柱、仏像が3体集まりました。
津波位牌8月分
すべて写真に撮影して戒名などを書き写しデーター化してから、欠損部分などを作ったり、補修したりします。


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この2つは津波で流された時にパーツが無くなってしまっています。
そのパーツを残っている箇所からイメージしてだいたいで作っていきます。
色の違う木製の部分が制作したところです。


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港町ならではなのかもしれませんが、神道の物もお預かりしています。
欠損部分を作り直して、拝める形に修復しています。
この後、色をどうするかは塗師と相談しようと思っています。


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仏像の手が片一方無くなってしまったという事で、こちらも作成しました。
別の仏像は光背の部分が欠落していたので、そちらも作成。


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昨日一日でほとんど修復箇所を直しました。


僕は木地作りや彫刻は本業ではありません。
自分の作りたい仏壇の提案をするのに図面だけではわからないというのでミニチュア模型を作っていたりしました。
彫刻は自分で大まかなイメージを彫って渡すような事もしていました。
10年の闇雲な月日でいろいろな作業ができるようになってきました。
とは言え、毎日彫刻刀を持つわけでもなく、結局手はバンドエイドのお世話に……。
腕が悪いので切り傷が絶えません。
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感謝感激!気仙沼から届いたカツオ

津波被害の位牌修復ボランティアの唯一の活動拠点になっている宮城県気仙沼市の唐桑地区からカツオが届きました。
現在は気仙沼市に合併されていますが、6年ほど前は唐桑町という独立行政地区だった地域です。
自然豊かな地域です。
その地域のシンボル的な魚がカツオです。
現地で購入した手ぬぐいにもカツオが、震災に勝という気持ちも込められているそうです。
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生鮮カツオ水揚げ日本一を誇る気仙沼市の復興のシンボルでもあるカツオを唐桑地区から送っていただきました。
本当にありがとうございます。
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たまたま帰省していた料理店に勤めている次兄がさばいてくれました。
どうせならカツオの叩きにしようということで急遽バーベキューに。
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豪快に火であぶりました。
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兄がおしゃれに盛り付けしてくれました。
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このマグロのおかげで久々に都築家大集合。
長兄一家も合流、正月以来の大宴会となりました。
旨い魚があるとお酒も美味しい。


人のつながりが家族のつながりを作ってくれました。
本当にありがとうございました。


ネットで気仙沼の唐桑地区とカツオについて調べていたら、「からくわ放送局」というサイトを発見しました。
唐桑の海を守る会の漁業復興支援基金プロジェクトの記事が掲載されていました。
http://www.karakuwa-ocean.org/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0/2011-06/


被災地へ行って思うのは海水産業の復活は絶対に必要です。
漁師さんから加工工場まで自動車産業のようにすそ野が広い産業です。
そのどこかが途切れてもダメなんだと思います。
気仙沼のカツオを買うことも大きな支援の一つになるような気がします。
唐桑の海を守る会の漁業復興支援基金プロジェクトについての連絡先などは下記のサイトでご確認ください。
http://www.karakuwa-ocean.org/%E5%BE%A9%E8%88%88%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88/%E6%BC%81%E6%A5%AD%E5%BE%A9%E8%88%88%E6%94%AF%E6%8F%B4%E5%9F%BA%E9%87%91%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88/

近況報告。超地元密着型の日々

何故か8月末から地元の会議ばかりに出席しています。
被災地から戻ってきた次の日の夜には、氏神さまになっている大草神社の秋祭りの会議へ出席。
今年前厄なので大祭に参加しなければいけないそうで、その打合せです。
父親の選挙の時にお世話になって人達ばかりが会議に出席されていました。
地元の祭に行くのは小学生のころ以来、今回は振舞う立場になってしまいました。
来月には40歳になるのかぁ。


8月30日には先月実施された幸田町の事業仕分けの委員会会議に出席するため幸田町役場へ。
委員会が集まって幸田町に提出する提言書を作成しました。
僕が引き受けた事業は「勤労者住宅取得事業」と「勤労者生活安定事業」でした。
2つのうち一つを不要判定に持ち込むことができました。
http://www.town.kota.lg.jp/index.cfm/15,19659,190,html(16-2参照)
それ以来、役場の担当部署の方々と気まずい雰囲気が続いています(笑)
事業仕分け委員になったおかげで、自分が住んでいる町の事業についていろいろと調べることができました。
確かに不要な事業もあるんだと気づきました。
この委員会で作成した提案書は幸田町長へ渡されて、9月議会の中で何か方向性があらわされると思います。
事業仕分けでの判定が少しでも反映されてくれれば、意義のある事をやった実感が湧くのですが、今後が楽しみです。


次の日も役場で会議です。
自分の住んでいる大草区の町政モニターに任命されていまして、年に4度ある会議がその日の午前中にありました。
事業仕分けの役場との戦いという雰囲気はなく、より良い町にする為に町民の意見を町長が直接聞くという場所ですので、僕も少しだけ要望を伝えてきました。
幸田町にある文化財の活用についてです。
親しくしている大草の浄土寺さんや深溝の本光寺さんには世間があっと驚く文化財が沢山あります。
残念ながら町が観光PRなどに活用しきれていない。
せっかく、新しい駅や旧駅の再開発などのハード面を充実させているのなら、町の魅力をPRするソフト面も充実していただきたいとお伝えしてきました。
町長には「津波被害の位牌修復ボランティア」のPRを被災地で行ってもらっていますので頭があがりませんので、優しいトーンでお伝えしてきました。
せっかくいただいた立場をちょっと活用させてもらっています。


昨日は厄年会の会議。
小学校の頃からの近所の友達と酒を飲みながら話しているとあっという間に深夜。
秋祭りのことがあまり決まらなかったけど、何とかなるんじゃないかな?


そんな中で昨日は仏壇2本配達、本日も台風の切れ目を狙って修理依頼の仏壇を引き取りに行ってきました。
NYとのアーティストさん達とのコラボ商品が完成したので海外に発送したり、埼玉から次兄一家が4日帰郷していたりして本当にバタバタした1週間でした。
1週間前に被災地に行っていたのが懐かしく思えるような仕事&会議にあけくれた日々でした。
やっと被災地でお預かりした位牌の修復作業が出来ます。
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