御駄物な話

伝統的な技法を駆使して天上天下唯我独特なデザインを生み出す駄な物づくり哲学

2011年12月の記事

今回で5度目の被災地訪問

12月13日(火)14日(水)で気仙沼・塩竈に行ってきました。
今年最後の津波被害にあった位牌の修復ボランティアの現地訪問です。


今回の同行者はアートマンの塗担当の伊藤君と和ろうそく職人の磯部さん+地元メディアのディレクターさんの4人で行ってきました。
大川興業の大川総裁も一緒に行く予定でしたが、急遽仕事が入ってしまって行けませんでした。
そちらは次回という事で。
現地の方々がお会いしたがっていたのでPRして悪かったなぁって思っています。


今回はかなりタイトなスケジュールでした。
初日(岡崎出発午前1時→陸前高田到着午後1時)
●陸前高田市の現状視察
●気仙沼市・唐桑体育館にて修復した位牌2柱を預けてきました。
●気仙沼市内の個人宅に小型仏壇の修理品を届けてきました。
●気仙沼市内の個人宅にお位牌2柱、仏像1尊の修復依頼品を引き取ってきました。
●気仙沼の仮設住宅に修復した位牌4柱と新たに製造した位牌2柱を届けてきました。


2日目
●気仙沼市・唐桑体育館で待ち合わせをして位牌修復依頼者に修復した位牌1柱をお渡ししました。
●気仙沼市内の個人宅にてお位牌3柱の修復依頼品を引き取ってきました。
●南三陸町の現状視察
●塩竈市・雲上寺さんにご挨拶してきました。
●雲上寺さんに同行していただいて塩竈市の仮設住宅を訪問いたしました。
●修復してお渡しした位牌依頼者にご挨拶してきました。
●塩竈の仮設住宅でのボランティアを見学させていただいてきました。
(塩竈出発午後4時→岡崎到着翌午前1時)


相変わらず瓦礫が除去されただけの状態でした。
復興はまだまだ先ですね。
今回宿泊したのは気仙沼市の観洋ホテル。
高台にあるホテルの真下はこんな状況でした。
111214_0643~01


愛知県にいるとメディアの情報から被災地は復興していると勘違いしてしまっています。
瓦礫の除去が進んでいるだけです。
除去といってもこんな感じに山積みされているだけですけども
111214_1209~01


とは言え僕には行政の事も瓦礫の事もどうにかする力はありません。
僕にやれることは津波で傷ついてしまった位牌を直すことです。


今回も6柱の位牌を現地でお預かりしてきました。
これで津波被害の位牌修復ボランティアを初めて96件目の依頼です。
僕がやれることは、位牌を地元に持ち帰って直してあげることです。


位牌の修復依頼者とお話をいろいろとさせてもらいます。
依頼者は位牌を渡すと「おじいちゃんが綺麗になって帰ってきた」と言います。
位牌は物ではなく、亡くなった方が形を変えた存在なのです。
位牌が傷ついたままだという事は、身内がけがをしたまま苦しんでいるのと同じなのです。


位牌を探し続けて手元に帰ってきたという事は行方不明者が無事に見つかったのとあまり変わらないのです。


信仰とか宗教とかではない、やはりご先祖という存在こそが何よりも心の支えになっているのです。


僕はボランティアをしているという気持ちはありません。
ただ、現地の方々にきっちりと供養できる形のお手伝いをしてあげたいだけです。
なぜなら、僕は仏壇屋だからです。
それが自分の誇りだからです。


先日、読んだ小説にボランティアの神髄的な言葉を見つけました。
テイクオフ・ボード(跳び箱の前にある踏切台)であるべきだ。
前へ勢いよく飛び出せる道具で十分なのです。
そのためには800キロ離れた三河から現状を発信していかければいけません。
まだまだ復興は終わってないことを。
そして遠く離れていても自分たちの知恵と自分たちの得意分野で貢献できる方法があるという事を。
なによりも被災地へ足を運ぶことの大切さを伝えなければいけないと思いました。


現地ではいろいろな方々にお世話になりました。
本当にありがとうございました。
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