御駄物な話

伝統的な技法を駆使して天上天下唯我独特なデザインを生み出す駄な物づくり哲学

2015年11月の記事

金箔メガネとイケメン彦左

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 今回は地元の祭りとのコラボ企画のお話です。
僕が住んでいる愛知県幸田町には町民を熱狂させる「彦左祭り」が7月の最後の土曜日に毎年開催されています。
幸田町にこんなに人がいたのかって思うくらい幸田駅前通りが人で埋め尽くされます。
名物は大久保彦左衛門の仮装パレード。
幸田町の商工会の理事なんてやっている僕がそのパレードの先導をするってのが毎年恒例になっています。

 そんな祭りも20周年を迎えた時に「何か新しい企画をやりたいよね」って緩い感じで僕の所へ商工会職員が相談に来ました。
条件は低予算で宣伝効果抜群のもの。
予算があったら僕の所になんか来ないで、タレントでも呼べるイベント屋に行くもんね。

 僕は何でも一度バラバラにして戻す行為が好きです。
彦左祭りの主役は天下のご意見番・大久保彦左衛門。
仮装行列でもメガネかけたお爺さんサムライの姿になります。
ちょうど「メガネ男子」なる言葉が流行していた時期でもあり、若かりし頃の大久保彦左衛門もきっと素敵な「メガネ男子」だったんだろうと想像していたら、企画ができあがりました。
「21世紀に蘇る大久保彦左衛門はイケメンのメガネ男子だった」という設定で彦左祭りのキャンペーンボーイを募集することにしました。
その優勝商品で作ったのが金箔メガネです。
メガネはやっぱりカッコいい物がいいと思い、名古屋大須のカリスマ眼鏡ショップ「モンキーフリップ」さんに協力いただいて、ちょい悪メガネに金箔を貼りつけた「イケメン彦左モデル」を開発しました。
http://monkeyflip.co.jp/

 準備万全で企画を動かし始めたのですが、はたしてこんなバカ企画に応募してくれるメガネ男子はいるのだろうかって常に不安でした。
ふたを開けてみると、何と数十名も応募があった。
人口4万人の保守的な幸田町では驚きの人数でした。

 僕は有名人を呼んで人を集めるやり方よりも、地元の人が参加して祭りを盛り上げるやり方のが正しいと思っています。
地元の祭りは長く続けることが大切です。
地元の活性化とかいうと、つい地元愛が強すぎて多くの人は頑張りすぎてしまう。
魅力ある企画ってベースが馬鹿であることだと思います。
その馬鹿な企画をどう現実に実行できるかに落とし込むかを何度も頭の中でシュミレーションするんです。
そうすれば何パターンも気が付けば企画ができているはずです。
もう一つ大事なのは継続できる事かな。
ゆっくりと地元の人だけが楽しむ小さな祭りってのもいいと僕は思います。
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「人が入れる仏壇・カンタカ」

 15年近く前に製作を開始して、いまだ未完の作品が「カンタカ」です通称「人が中に入れる仏壇」、これを作ってから僕の人生が一変してしまった御駄物代表です。

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 実はカンタカは仏壇の新商品として生まれています。
アートとか芸術、工芸作品を作るつもりは全くなかった。
売る事を目的にして製作が開始しています。

このカンタカは仏壇にとって画期的な事を提案しています。
仏壇として巨大ですが、中に入ることで設置する空間を極端に小さくできるのです。
通常、仏壇は仏間に置かれます。
仏間の空間は仏壇の何倍もの広さを必要とします。
このカンタカは祈る人が中に入るので、そのスペースだけ確保すればいい。
祈りの空間から考えれば革新的に小さくできています。
イメージとしてはトイレとかお風呂みたいにユニット化された仏間を仏壇の技術を使って作ったと考えてもらえれば良いと思います。

 ちなみにここまでデザインもコンセプトも変えてしまうと仏壇職人が作れないと言いはじめます。
なので僕は立体模型を製作したり、原寸大のパーツの図面を書き穴の位置まで指定しました。
嫌がる職人さんが断れないようにすることで、仕事をしてもらっています。
また図面や立体模型を作ることで自分の知識も随分向上できました。
この頃は親父が付き合っている職人に仕事を依頼していたのですが、新しい事をやるには自分に年齢が近い職人が良いだろうと自分で職人もセレクトしました。
その後、それが若手職人集団アートマンジャパンを設立するきっかけにもなりました。
http://artman.tv/

今でも変わらないのは伝統を守ろうって意識は全くない。
変わりゆく現代に伝統をどう変化させて、次世代に残していくかばかりを考えてきました。
そして仏壇はなぜ必要なのかも、常に向き合っています。

仏壇って日本にしかありません。
先祖崇拝って考えがベースだと僕は思っています。
我々が生きているのは先祖のおかげであり、亡くなられた先祖は我々の守り神になってくれている。
そんな先祖が我々と一緒に暮らす場所として最上級の場所を用意しておく。
それが豪華な仏壇が生まれたきっかけだと僕は考えています。
手を合わし祖先と会話をする場所が仏壇であるのならば、中に入ることで守り神と一体化できるカンタカは僕の中で最上級の場所だと考えています。
ちなみにカンタカとはお釈迦さまが出家する時に乗っていた愛馬の名前です。
新たな仏縁を作るツールとしてカンタカと名付けさせてもらいました。
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