扶桑社から出ている「死」の教科書って本です。
8章からなる死のジャーナリズム本です。
一番最初の章が殺人について。
人を殺してはいけない明確な理由がありますか?
子供に聞かれてどう答えますか?
そんな事を聞く事自体が間違っていると考える人が多いと思います。
正論ですが、答えから逃げています。
戦争では平和や正義を名目に人の殺し合いがあります。
褒められる殺人と刑務所に入れられる殺人があります。
良い殺人と悪い殺人ってのがあるんでしょうか?
殺された人の親が悲しむから、それだったら天涯孤独なホームレスは殺されてもいいのか?
刑務所に入れられるから、刑罰が抑止になるんだったらすでに殺人はなくなっているはず。
どこかで殺人事件はおきている。
それもたいした理由のない殺人が。
僕なりに見つけた「人を殺してはいけない理由」です。
命は奪ってはいけなくて、命は差し出す物。
最近読んだ重松清さんの「送り火」という本の中にあった言葉
「昔の親は、家族の幸せを思うとき、何故か自分自身は勘定に入ってなかったんだよねぇ……」
これが愛なんだと思うし、これが命の使い方だと思う。
また有名な仏話「捨身飼虎」
お腹をすかして今にも死にそうな虎の親子に、自分自身が餌になるように虎の巣へ飛び込んでいった王子の話です。
手塚治虫さんもこの話が好きで漫画「ブッダ」にアッサジという架空の自分物を登場させてストーリーに組み込んでいます。
また僕達の作品のモチーフにもなった玉虫厨子の扉にもこの絵がかかれています。
人の為に使う事が命の本質ならば、それを阻止する命を奪う行為というのは絶対やってはならない。
命とは自分自身の為にあると思いがちです。
もちろん、自分に付属しているものだから自分の所有物だと思ってしまいます。
それでもいいんでしょうが、自分の為だけに使っていると命の輝きが消えていくような気がします。
命って漆を塗ったお椀のような物じゃないかな?
手入れをしなければ曇ってしまって、本来の美しさが消えてしまう。
手入れしていればいつまでも美しいままでいられる。
人を傷つける事は心が痛む。
闘いだって時には必要だ。
僕だって殴られれば、間違いなく2倍にして殴り返す。
暴力の延長上に殺人はある。
論理で理解できるが実行に移すのは難しい事だと思う。
この日本という素晴らしい国に生まれ生きているから「殺人はしてはいけない行為」と言い切れるのかもしれない。
内戦で人と人が殺しあう国に生まれたらどうする?
僕は今からできる事をやっていこうと思う。
理論で武装するのではなく行動をしたい。
ドイツにある国際平和村という所へメールをしました。
http://www.friedensdorf.de/welcome3.html
何か僕らに出来ないかとアドバイスをしてもらいました。
アートマンの活動と平行してイベントで募金を募る事から始める事になりました。
日本にあるNPO団体ペイフォワードにも連絡してこちらで橋渡しをしてもらえる事となりました。
http://www.pay-forward.org/
自分達の商品が全く売れない弱小アート集団です。
日本の家庭を守ってきた仏壇が地球を守っていく。
僕はそんな風に仏壇を紹介していきたい。
一番最初の活動はクリエーターズマーケットにて。
まずは何が出来るかはわからないけども、平和への活動に日本の祈りの文化が貢献できないかと思っています。


