御駄物な話

伝統的な技法を駆使して天上天下唯我独特なデザインを生み出す駄な物づくり哲学

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

仏壇を世界に発表する可能性

仏壇は日本が誇る一つの素晴らしい文化だと自負しています。


灯台下暗し。
あまりに身近すぎて仏壇がどれだけ凄い物なのか誰も気がつかない。
作り手の職人達でさえ、商売の道具程度に思って作っている人が多かったりする。
実はそれでいいんです。


当たり前に仏壇が有る。
それが理想。


仏壇がどれ程素晴らしいかをうったえかけるって行為は格好が悪い。
本来は仏壇が作り出す風景や環境の方が大切である。


業界新聞でもある「宗教工芸新聞」
http://www.butsudan.kogeisha.com/
今月号にこんな記事がありました。
「仏壇は世界レベルで評価される」
宗教と教育についての社説です。
その一文より引用します。


 家に仏壇があり、先祖供養や「いただきます合掌」のことを語れる大人に育つことは、
世界的にみれば、我々が考える以上に素敵なことなのかもしれない。
 我々の業界は、公教育で否定されている宗教教育を家庭で実現し、
世界に通用する文化レベルの人間を育てる助けをしているということに改めて気付かされる。


僕もそのように思っていました。


仏壇があるから美しい環境が生まれる。
帰省の手土産にご先祖や故人への物があったりする。
通知表をお供えする。


仏壇があるこそ、人びとが集う。
法事がある。
結婚式の前に嫁ぎ先の仏壇に挨拶に行く。


日本の原風景の脇役に仏壇がいつもいたのだと思う。


またこの文化があるから、日本人の平和思考や高水準のモラルが保たれてきているような気がする。



僕は世界へ飛び出してみた。
仏壇を売る事は本当に難しいと感じて帰ってきた。
商売としては失敗だったかもしれない。


しかし、僕の伝えたい事は伝わったような気がしている。
日本の精神の屋台骨は仏壇でできている。
僕達仏壇職人が存在する意義とは平和な日本と安心できる家庭を作る事に落としこめるはずだ。


来年のドイツでは仏壇が担ってきて祈りをもっと展開させていきたい。
(進化って言葉よりも展開って言葉が僕は好きです)
現在模索中です。


だが、現実問題、伝統仏壇は衰退の一途。
僕ががんばってもどうにも止められない。
止める事ができるのは仏壇業界以外の人達。
多くの人が仏壇の意義に気付けば、全てが変る。


まだまだ僕は勉強中。
経済と文化が上手に歩み寄れないかなぁ。
やればやる程貧乏になっていく我が家と金策に追われる母親の姿に申し訳ないと思う反面、
成功して楽にさせてやるという決意がみなぎっています。


世界は広い。


僕の思いが伝わっていけば何かが変る。
その何かを追い続けて世界へ向います。
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。