御駄物な話

伝統的な技法を駆使して天上天下唯我独特なデザインを生み出す駄な物づくり哲学

第六天魔王信長

仏の敵=魔。
僕が「あの世の歩き方」という本を出版した時に一番の興味をもった所です。
仏教ってのはとても数学的に出来ている。
バランス良いというのが究極の心理。
善があれば悪がある。
男がいれば、女がいる。
2つで1つとうい感覚かな。
仏がいればその反対もいる。
それが魔。


魔っていう物の資料が殆どない。
そんな中でその頃に見つけた本が織田信長の本。
タイトルは忘れたけど、第六天魔王と信長の関係を書かれていた。


仏敵とされている第六天魔王は実際は一番仏近い天である。


ちなみに仏と天は違います。
天とは毘沙門天とか弁天とか名前の後ろに天がつく事がおおいです。
もともとインドの土着の神々で仏教で作られた仏よりも地位が低いです。
仏とは釈迦が色んな形に変化した姿。
その中でも3種類あります。
如来は悟りに至った姿。
菩薩は修行中の姿。
明王は怒りの姿。
大まかに言うと同じ人物の表情違いだと思ってくれても大丈夫です。


そんな中で第六天魔王は天の中で最高神なのです。


なぜ悪魔となったか?
それは第六天魔王が欲望を満たしてくれる神だからです。
仏教の真髄は無我、欲を捨て去る事。
何でも手に入れる事ができる第六天魔王が仏敵になった理由はわかりますよね。


悪魔のイメージが強まり、第六天魔王は大自在天だったり伊舎那天など死を司る天のイメージに変化していきました。
僕の読んだ本でも第六天魔王の本来の姿は上に書いた二つの天だと書かれていました。
しかし、仏教画に出てくる第6天の姿は仏そのもの。


信長が信仰したという第六天魔王はたぶん悪魔信仰ではなかったと思います。
何でも願いを叶えてくれる神様だったと思います。
天下布武をかかげた信長にはぴったりの神様じゃないかな。


時代によっていろんな物の見方が全く違ってくる。
前回の日記の信長と今回の信長を読んでみると人物像がすっかりと変るんじゃないかな?


僕は信長は時代を作り上げたアーティストだと思っています。
安土城なんか凄いもんね。
天才だったと思います。
たぶん、ネジがとんじゃったね。


と書きましたが特に信長を尊敬しているわけじゃありません。
信長は尾張人ですからね。
僕の身体には三河人の血が流れております。
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。