御駄物な話

伝統的な技法を駆使して天上天下唯我独特なデザインを生み出す駄な物づくり哲学

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これで後には引けなくなった

久しぶりに凄い悩みました。


僕って馬鹿みたいに情熱家です。
こんなに忙しいのにさらに追い込むような事をしてしまいました。


でも今しかないんですよ。
300年の伝統っていっても消え去るのは凄く簡単です。
たぶん、今何かを起こさなきゃいけないんだと思います。


三河仏壇の青年部の部長に立候補しました。


こいつに挑戦する為です。
http://www.chusho.meti.go.jp/shogyo/chiiki/japan_brand/
ジャパンブランドってヤツです。


当初はアートマン単独で申請しようと思っていました。
しかし、僕らだけでは三河仏壇の衰退は止めようがない。
ムーブメントが起きない。


しかし組合では動きが鈍い。
若手の集団で挑戦したい。
本気で数日悩んで、青年部を巻き込む事にしました。
巻き込むからには僕がすべての責任をとる立場にならなければ。
という事で部長に立候補しました。


自分の美学に反しますけどね。


実際、九谷焼の産地に講演しに行くまでは全く部長になる気はなかった。
伝統産地を盛り上げようとする人達と接して、僕の甘さに気付きました。
楽しければ良いなんて逃げです。
300年の伝統が僕たちの時代で終わらせてしまっては末代の恥。
正直にそう感じました。


アートマンでの活動のノウハウを産地に落とし込んでこそ、僕らの苦労の意義があるはずです。


メンバーに相談もせずに決めてしまいました。
すいません。


でもアートマンメンバー全員が役員になったのも何かの縁。
必ずジャパンブランド取得の主要メンバーになるはずです。


僕の熱さや情熱が伝わらない人もいると思います。
だからこそ結果を出していかなくてはいけません。


僕の気持ちが本当に分かってくれているのは今はメンバー3人だけかもしれません。
でも会議に出ていた人がほんの少しでも、この不況の時代に明るい未来を見た人はいたはずです。



人は自らの進退を追い込んでいかなきゃ、本気になれないもんです。
これで後には引けなくなりました。
三河という土地に生まれた事を感謝しています。
有能な人たちが本当に多いのでね。
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