御駄物な話

伝統的な技法を駆使して天上天下唯我独特なデザインを生み出す駄な物づくり哲学

あの世授業5時限目

現在岡崎のタウン誌「リバ!」にて連載中のロッキン六道。
7月20日発行分の記事を掲載いたします。
少しずつ深~くなってきました。
来月号の記事も書き終わりました。
今月号もお楽しみに!


あの世授業 5時間目 「因果応報って何ですか?」


 あの世の仕組みを作り上げている大きなルールが2つあります。
一つは輪廻転生と因果応報というシステムです。
輪廻転生についてはこれまでの授業で説明してきました。
いよいよ因果応報のシステムに突入です。
このシステムは実に単純明快、まるで方程式のようです。
簡単に説明すると、良い事をやると良い結果になり、悪い事をやると悪い結果となるという仕組みです。
水戸黄門や暴れん坊将軍のような時代劇では、必ずこの仕組みを取り入れています。
勧善懲悪(かんぜんちょうあく)の考え方と良く似ています。


 この時代、良い人ほど馬鹿を見るとよく言われます。
確かに性格の良い人の方が苦労が多いのは事実かもしれません。
この「良い」という事。
実は大変定義が難しい言葉でもあります。
古代ギリシャの哲学者・エピクロスは「快楽が善・苦痛が悪」だと定義していますし、ドイツの哲学者・ニーチェは「強者こそ善・弱者が悪」と定義しています。
またキリスト教では「愛こそ善・欲こそ悪」と解いています。
立場と考え方がかわれば善悪の基準が変化してしまいます。
またその基準を決めようとすれば、善悪の境があいまいになっていきます。


 しかしながら仏教はちゃんと善悪の解決方法を持っています。
それが「中道」という考え方です。
ギターの弦は緩いと音が鳴りません。
また締めすぎると切れてしまいます。
良い音色を出したいのならば「丁度良い」締め具合が必要です。
この丁度良い事が中道です。
良い事ばかりやっている人は偏った考え方となり、案外悪い人とよく似てきます。
当然悪い事ばかりをやっている人は問題外です。
バランスのよい生き方が出来る人が「良い人」です。
僕はこの考え方が好きです。
長い人生、場面場面で善悪の判断をするのではなく、トータルで考えて良い人生か悪い人生かを決めるべきです。
悪い事をしたなって気づいたら、それを取り返すほどの良い行いをして取り返せばいいんです。
そのために人は長い寿命を手にしているんですから。


 人生の終焉の時に「良い人生だった」と堂々と口に出来る人の来世はさらに輝かしくなる。
それが因果応報を組み込んだあの世の仕組みです。



今月の言葉
善と悪との狭間を堂々と歩く、それこそ王道である
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