御駄物な話

伝統的な技法を駆使して天上天下唯我独特なデザインを生み出す駄な物づくり哲学

「聖徳太子とキリスト教の関係について」

岡崎のタウン誌「リバ!」にて連載中の「あの世授業・ロッキン六道」はクリスマスと仏教について書きました。
本日はクリスマスなので特別に公開です。


 今回はクリスマス特別授業です。
世界最古の木造建造物である斑鳩の法隆寺。
ここの六角形の奇妙な建物「夢殿」があります。
修学旅行で行った事ありますね。
ここには聖徳太子をモチーフにした仏像・救世(くぜ)観音菩薩が安置されています。
実はこの仏像が謎めいています。
明治時代まで千数百年間、布でぐるぐる巻きにされて完全に秘仏とされていました。
また光背の付け方も特殊で、後ろから頭に直接打ち付けられていました。
このような理由から聖徳太子の怨念を封印する呪術的な役目をしていた仏像だと考える学者さんもいます。
注目するべきは救世という独特の名前を持つ観音菩薩だという事です。
これは世を救う人という意味で救世主を表す言葉です。
仏教では使わない言葉です。
どこで使われるかというと、そうですキリスト教です。
教科書ではフランシスコ・ザビエルが1549年にキリスト教を伝えたって学校で習いましたよね。
少し視野を広げてみると、中国では600年代にキリスト教(景教)が一時期流行していたと文献に残っています。
聖徳太子の時代に海を渡ってきた人達の中にキリスト教についての知識を持っていた人がいても不思議ではありませんよね。


話しは変わりますが、正倉院に伎楽面があります。
その中に酔胡王(すいこおう)というお面があります。
そのお面は極端な鷲鼻の赤ら顔、まるで昔話にでてくる異人です。
特に「胡」という文字はペルシャ系を表す言葉でもあります。
聖徳太子の頃の斑鳩は案外国際的な都市だったかもしれません。


 こういう理由から仏教徒だと思われていた聖徳太子がキリスト教徒だったという説もありますが、僕は違うと思います。
きっと知的で温和な人物だった聖徳太子はネットワークが広かったと思います。
友人にはキリスト教徒がいたとしても不思議ではありません。
救世観音はそんなキリスト教徒の人が聖徳太子の亡くなった時に奉納した物ではないでしょうか? 
キリスト教スタイルの仏像になってしまったのではないでしょうか? 
とは言っても真相は闇の中ですが……。
天平時代からキリスト教と仏教の融合があったとしたら、仏教徒の日本人がクリスマスを祝うのは千数百年の歴史ある伝統的矛盾だと思います。


今月のことば
仏教徒がクリスマスを祝う背景には千数百年の歴史あり!



あの世授業が載っているリバ!は岡崎各所で無料配布されています。
見つけたら手にとてみてください。
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