御駄物な話

伝統的な技法を駆使して天上天下唯我独特なデザインを生み出す駄な物づくり哲学

他力と聞く力

昨日幸田町内のお寺で仕事をさせていただいておりました。
半日で終わる予定がトラブルがあり結局一日仕事となってしまいました。
手作りの物ですので、常に微調整が必要ですが巨大な欄間を持ち上げたり下ろしたりとかなりの重労働。
手がパンパンです。


3時の休憩時にご住職とお話する機会があり「他力」についてお話を聞かせてもらいました。
案外これが深い。
詳しい事は得意のウィキペディアで。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%96%E5%8A%9B%E6%9C%AC%E9%A1%98


ちょっと前までは「自力」の方に目がいきがちでした。
特に知り合いの僧侶は密教系と禅宗系が多かったので。
他力について考える機会が少なかったのかもしれません。
他力をつきつめていくとこれはまた結構難しい域にいきますね。
自力を使わずに生きていくのはかなり難しい。
行き先の分からない川に流されるつづける事は常人ではできない事です。
何でも極めるという事はどんな道でも奥が深いという事ですね。


話を聞いていると他力はキリスト教っぽい所がありますね。
信仰に生きる人は腹が据わるのが分かるような気がします。


それは何よりも「聞く力」を持っているからでしょうね。
信仰や地域交流の薄れと共に「聞く」能力が低下している人が増えているような気がします。
テレビやインターネットの情報の中で膨大な知識を手にしている現代人にとって人との会話自体が必要なくなるのかもしれません。
自分と同じ価値観の人を見つけるのもインターネットを使えば容易にできる時代です。
自分と気の合う人とだけ付き合う状態が続くと自分と違う意見を聞く機会を失います。
というか、自分と違う考え自体をシャットダウンしてしまいます。
「あいつは変わってる」
この一言で切り捨ててしまっては、勿体ない。
人と違う事は能力です。
違う事を思いつくノウハウを聞きだすべきだと思います。


しかし「聞く」には結構知識がいります。
深い事を聞きだすにはある程度の基礎知識がないと難しい話をしてはくれません。
「聞く」なんて簡単だからこそ深いんです。
他業種の集まりの商工会なんて「聞く力」を最も養える場所でしょうね。
若いうちは聞く事が一番の仕事なんだと思います。
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