御駄物な話

伝統的な技法を駆使して天上天下唯我独特なデザインを生み出す駄な物づくり哲学

親父の選挙の裏話(立候補編)

無事に親父の選挙が終わりました。
結果は無事に当選。
新人ではトップ、全体でも4位での通過でした。
まずは一安心です。


今まで多くの事がありましたが、選挙の事を考慮して控えていました。
選挙も終り、その舞台裏をちょっとお伝えしておきます。
実に親父らしい選挙戦でしたので。


親父は昔から町会議員に憧れていたのは、多くの人が知っている通りです。
4年に1度、統一地方選挙イヤーには正月に家族に立候補宣言していました。
しかし、日頃の行いが悪いので常に大反対をうけて毎回諦めざるおえなかったんです。
そもそも、出たいから出れるわけではないんですが……。


ご存知、幸田町は田舎です。
選挙も昔ながらの風習があります。
当然、選挙なので当選するには多く票を集めなければいけません。
その為に自分の住んでいる区の推薦が当選の必須条件です。
自薦で出ても良いですが、余程の有名人や若い人でなければ間違いなく落選します。


親父は自分の事を過大評価するくせがあり、自薦でも当選すると思っていたので「立候補」すると4年に1度宣言したりするんです。


今回は親父が選挙に出れる為のラッキーな出来事がありました。
(その出来事で僕は大いに苦労する事になるのですが……)
県会議員選挙です。
僕の住んでいる区から2名が立候補して一騎打ちとなりました。
誰の目から見ても区がゴタゴタするのは予測できましたし、実際、区が真っ二つになるような事になりました。
町会議員の推薦者となれば、当然、そのゴタゴタの渦の中に巻き込まれる事になります。
本来なら元区長さんなどの中から推薦者が選ばれるのですが、そんな理由もあり擁立が難航しました。


そこで区の住人の中から立候補者を募って、選挙対策委員の方で選挙する方法が選ばれました。
町会議員になれる最後のチャンスだと思い、父親は家族に満足な相談もなく立候補したのです。


なんとその区の代表者を選ぶ選挙で過半数を取ってしまったのです。
運が良いなぁって思うのは、その選挙のあった日の中日新聞の朝刊で大きく僕が総責任者となって進めている三河仏壇のプロジェクトがデカデカと取り上げられました。


こうやって親父は区の推薦をもらってきました。
ここからが大変です。
選挙に出るには超えなければいけない、避けては通れない壁が登場します。


それが「妻」(僕の母)の存在です。
親父の性格を知っている母は当然大反対です。
その上、十分に僕の母親に相談もせずに区の代表者の選挙に出ています。
母親からすれば、相談もせずに勝手に立候補するんだから、勝手にやればって姿勢になりますよね。


この時に正面きって土下座でもして説得すればまだ問題にはならなかったのかもしれません。
親父は母が怖いので、知人友人に手紙を書いて説得の依頼をしました。
また説得に来た人の言い方も悪い。
「亭主のやる事に女房は黙って着いてくるもんだ!」
来る人、電話をかけてくる人がこんな具合だから、当然、母親はさらに激怒です。
「選挙に出るなら、離婚するので勝手にしろ」てな具合にさらに悪い方向へいきました。
現職の地元の町会議員さんが電話かけてきた時にも同じ事を母親は口にしてしまいました。
後々、この言葉が大問題に発展する事となりました。


ちょっと話は戻ります。
県会議員の立候補者が僕の住んでいる区から2人出る事になっていました。
僕の実家の向かいの同級生のお父さんが現職の県会議員さんなんです。
親戚づきあいを昔からしているので、当然都築家は全面的に近所の方を支援しています。
しかし、地元の町会議員さんや親父の選挙対策のトップの方は別の候補を支援していました。
これが引き金となって親父の候補者降ろしが始まりました。


推薦取消ギリギリの攻防はまた次回に。
どんな選挙も常にドラマがありますよ。
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