御駄物な話

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親父の選挙の裏話(家族団結編)

親父の推薦取り消し騒動は前回お伝えしました。


僕と母は実はこのまま推薦取り消されて、親父が選挙に出なければ良いのにと思っていました。
だって楽できますから。
しかし、兄は違いました。
人一倍責任感のある男ですので、人に迷惑をかける事を本当に嫌います。
さすが動物病院の院長です。


大反対していた母を兄は見事に説得します。
と言うのか兄の言う事は都築家は全員素直に聞く傾向があるんです。
確かに愚痴を言っても仕方がないのですが、親父を担ぐ事に家族は大いなる抵抗があったのです。
その考えがあったせいで脇が甘くなっていたのも確かです。
その隙を狙われて親父の推薦を取り消すという話になってしまったのです。


それから親父の推薦取り消しを話し合う会議まで数日間で対処方法を考えることとしました。
僕ら家族が行った事は「謝罪」です。
兄、母、僕と行ける者が現職の地元の町会議員、区長、選挙対策の委員長と副委員長にご迷惑をお詫びに行きました。
ちなみに僕は全員に頭を下げに行きました。


そして兄がメモをとっていた推薦取り消しの理由を全部クリアーする為に一つ一つ対応をしました。
家族の応援がないというクレームには家族全員が署名捺印をして一致団結して選挙戦を戦いますと一筆書きました。
県会議員候補の選対の中に名前があるというので、名前を抜いてくださいと依頼だけはしました。
(実際はそのままでしたが)
親父の議員としての資質問題だけはどうにも出来なかったですが……。
可能な限りの対応をして、その対応策を書面にして代表の方にお渡ししました。
これで推薦取り消しになったのならば、嫌がらせ以外の何物でもないような状況で推薦取り消しを話し合う会議の日を迎える事となりました。


結果は親父をそのまま区の推薦者として選挙を戦うという事になりました。


その結果を導き出したのは家族のやった行為ではありませんでした。
選挙対策委員会の人達が親父を守ってくれたからでした。
親父の推薦を取り消そうとしていたのは選対の委員長を含めた数人だけだったようです。
多くは選挙で選んだ人間を、たいした理由もなく変える事に抵抗があったそうです。


以前までは区の代表で選挙で出る人は元町会議員などが仲間うちで決めていたようです。
俺の力で議員にさせてやるので言う事を聞けという理屈が通っていました。
今回もその不可思議な理由で言う事を聞かないなら推薦取り消すという論理だったようです。


そんな論理が通じるのは町会議員経験者だけです。
多くのまともな選挙対策委員の方々は猛反発。
結局、選挙対策の委員長と副委員長が辞任する事となりました。
それに伴い、選挙対策委員会も解散して、再度招集される事となりました。
選対が再度組織されたのは4月13日、選挙まで5日しかありません。


という事は諸々の手続きなどは僕がやる事になりました。
雑用全般が僕の所へやってきました。
ちなみにジャパンブランドの決算手続き。
渋谷ロフトで開催されるPOP BOXの商品開発。
何故か急激に忙しくなってきた仏壇屋の仕事。
僕が暇なわけがない。


その上、親父は選挙の事で上の空、全く戦力になりません。


親父の立候補が確実となり、僕が馬車馬のように使われる話は次回お楽しみください。
選挙まで残り4週間。
ちなみにまだこの時期の母親は内心納得していません。
兄に説得されて渋々感がバリバリありました。
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