御駄物な話

伝統的な技法を駆使して天上天下唯我独特なデザインを生み出す駄な物づくり哲学

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津波被害にあった位牌を修復して届けてきました(初日)

7月25日・26日に岩手と宮城へ行ってきました。
24日は幸田町の事業仕分けがあり、気力を使い果たしたような状態で一路東北へ。
スタートは体力的な事を考慮して24日の夜8時に地元から出発、東京で仮眠をとって翌朝岩手県山田町へ向いました。
今回のメンバーはアートマンの伊藤君と名古屋仏壇から塗師の森さんに同行してもらいました。


今回は津波と共に火災で大打撃にあった山田町にまずは向いました。
山田町中心地
(ちなみにここは山田町の駅前です)
東京を出発したのが朝の7時少し前、山田町には午後3時前に到着しました。
まずはいつものようにアポ無しでボランティアセンターで現地の情報を聞きにいきます。
山田町ボランティアセンター
とても丁寧な方々ばかりで拾得物を展示している場所を教えてくださいました。


拾得物の展示場所へ向う道中に山田町商工会があったので、そちらにご挨拶に行ってきました。
山田町商工会
幸田町の商工会で青年部長をやっていたと告げると丁寧に局長さんが対応してくれました。
商工会館も一部津波被害があったのですが、そんな事があったのかと思うような明るい対応に驚きました。
商工会館の前の公園にテレビで見たことのあるテントの仮設商店街があったので、そちらでアイスを購入。
お店の方々も気さくな方ばかりでした。
山田町テント商店街
そのおかげか「がりかりくん」の当たりがでました。
本当に人柄の良さがにじみ出ている素敵な町です。


目的地である山田町の拾得物保管所はシルバー人材センター内にありました。
山田町拾得物保管場所
1階で泥を落として、2階に拾得物の展示スペースがありました。
お位牌は別の棚にならべて展示されていました。
山田町津波位牌
大破してしまっている物もありましたが、多くは修復可能な物ばかりでした。
まだまだ持ち主に出会えていない位牌の隣に僕が郵送で送っておいた位牌修復プロジェクトの概要を掲示しておいてくださいました。
山田町津波位牌掲示
本当にありがとうございます。
こちらの拾得物の会場を案内してくださった方も丁寧にお話をお聞かせくださいました。
全てを流されてしまった人は拾得物として見つかった健康保険証に書かれてある亡くなった人の名前の文字を見つけただけでも本当に嬉しいそうです。
ボランティアの方々が見つけたものは本当に山田町にとっては宝なのです。
しかし、この保管場所も来月末には撤去されてしまうようです。
位牌を含めた拾得物の行方が本当に気になります。
もし位牌だけでも管理してもらえるお寺があればと本当に思います。


山田町の方々は本当に良い人ばかりで、その上明るい。
まだまだ町の方の復興への道のりは遠いです。
ぜひボランティアに訪れてください。


その後、隣町の大槌町へ。
山田町でいろいろな人にお会いしすぎてしまったせいで、この町の拾得物保管場所まで時間内にたどりつけませんでした。
次回は大槌町でお話を聞かせてもらってきたいと思います。
ボランティアセンターを探している道中に巨大な仏像に見える物を発見しました。
大月町お寺
運転してた伊藤くんに「津波被害にあった仏像じゃない、止まって」と指示したくらいです。
近づくとそれは火災にあった木でした。
そこは津波被害で前回してしまった江岸寺というお寺の境内に生えていた木だったのです。
そしてその風景は言葉にあらわせない物でした。
もの凄い数のお墓がいまだに倒れたままの状態になっていました。
大槻町江岸寺お墓
手を合わせるくらいしかできません。


大槌町もボランティアが本当に必要な町だと思います。
ぜひ訪れてください。


その後、宿をとっていた宮城県の南三陸町へ車で向かいました。
その距離100キロ以上。
次の日は津波被害のあった位牌の修復した物を届けるために気仙沼へ行く予定です。
その報告は次回のブログで!


ノープランで現地に行って、ボランティアセンターで情報を聞き出して津波被害の位牌の事を聞きだしています。
これ以外の方法で現地でのネットワークを構築できないと思っています。
でも何かに導かれるようにとても良い方ばかりと出会えているような気がしています。
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