御駄物な話

伝統的な技法を駆使して天上天下唯我独特なデザインを生み出す駄な物づくり哲学

良いことやるのも欲、悪いことやるのも欲だと思う

実は生まれて初めてボランティア的なことをやっています。
津波被害にあった位牌を無料で修理しています。


僕はボランティア活動は嫌いでした。
たぶん、今でも嫌いなんだと思います。
自分から進んでやろうなんて気持ちはありません。
僕は自分が知り合ってしまった人が苦しんでいるのを見て見ぬことはできないだけです。


ドイツ個展のときに自分がやれることを探してドイツ国際平和村に足を運びました。
https://www.friedensdorf.de/Welcome-102.html
そこで出会った戦争で傷ついた子供たちにできることがないかと思い、仏壇ナイトを始めました。
その収益を国内のNPOを通じて募金してきました。
なぜなら出会ってしまったからです。
TVのニュースでしかなかた事が現実だと理解できたからです。


今回の日本をおそった大震災。
ショッキングな映像でしたが、やはりテレビで流れているだけで自分の中に実感はありませんでした。
911のテロでビルに飛行機がつっこむ映像を見ているようでした。
何かしなくてはとは誰でも思います。
僕もそうでした。
すぐ行動を起こせる人とそうじゃない人、僕は後者です。
そこにはたぶんボランティア嫌いがあるのだと思います。


犯罪を犯す人の多くは欲を満たすためです。
善意も同じく欲だと僕は思っています。
極端な善意は自己欲求を満たすためにやっていることが多い。
僕は良いことは麻薬みたいなものだと表現しています。
周りが不幸になったとしても良いことやっているから誰の忠告も聞かずに突き進んでしまう人が結構います。
それはそれなりに素晴らしいと思います。
僕も実際、そのようになりかけていた感があります。
良いことをやっているのにどんどん苦しくなっていく。
僕が正しいのに、なぜ理解しないのだと怒りがこみ上げた時期もありました。


大人になってわかったんです。
良いことをやっている自分をほめて欲しかったんだと。
若いころの自分は欲の塊だったのです。


それに気づいてからボランティアには興味がなくなりました。
欲と付き合っていこうと。
自分のやりたいことと合致したことをやる、これが一番大事です。


今回の位牌修復は技術がなければできません。
他の伝統産業とは比較にならないほど地位の低かった仏壇職人が、誰かのためになる。
仏壇職人だからやれるボランティアです。
だから頑張れるのです。
12時間のドライブだって毎月やれるのです。


善意を欲だと気づけてよかったと思っています。
だから偽物の善意を抑える事もできます。
気づいたからこそ本当の支援を行えるのかもしれません。


僕は仏教の中道の精神が大好きです。
良いことと悪いことのど真ん中を歩いていく。
トータル的にど真ん中が素晴らしい。
そんな活動をずーっと続けていきたいと思います。


中道的な精神なので、僕はどんなことがあっても心が折れないのです。
最近、まじめな人だという印象がついてきたのでちょっと不安になっています(笑)
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