御駄物な話

伝統的な技法を駆使して天上天下唯我独特なデザインを生み出す駄な物づくり哲学

ドイツ国際平和村で出会った少女の事を思い出した

世界仰天ニュースで大やけどした少女のことをやっていた。
実は僕も腕に50センチほどの大きなやけど痕あります。
3歳の頃にストーブの上にあったヤカンが落ちて熱湯がかかったからです。
田舎だった僕の町には病院は少なく、皮膚科は隣町まで車で1時間ほどかかりました。
忙しい母は1年間、僕をそこに連れて行ってくれました。
残念ながら皮膚移植する以外直す方法がなかったようで、今でも僕の右腕にはその時の痕が残っています。
自分のパーソナリティの一部となっているというのか、この腕が実は好きだったりしています。


しかし、その傷跡が顔だったら、そんな風には思えなかったでしょうね。
30㎝落ちる場所が違っていれば、僕の顔が右腕の状態。
エルム街のフレディのようになっていたかもしれません。


前置きはこのくらいにして。


ドイツ個展の時に日本でも有名なドイツ国際平和村に視察に伺いました。
海外に仏壇という物がないので、ドイツ人にも分かるような表現がないかと考えていた時に「仏壇は日本が誇る平和の象徴」というフレーズが湧いてきました。
そんな平和の象徴を作っているなら平和活動をしなければと思い、ネットで何かできないかと探していると、偶然出会ったのが「ドイツ国際平和村」でした。
直接メールを送って「何か出来る事は?」と聞いたら、一番はやはり資金集めの援助が助かるという事で売り上げの一部を寄付したり、イベントや個展で募金活動をするようになりました。


そしてドイツ個展の会場から電車で1時間強くらいの場所に施設があるという事だったので、アポをとって伺う事にしました。
嫁と2人で伺ったのでしたが、丁寧に施設を案内してくれました。


そこにいたのは車いすの子や手がない子、足がない子など戦争や内乱で肉体的に傷ついてしまった子供たちでした。
幼稚園くらいの子から中学生くらいの子まで年齢はさまざま。
その中にとびっきり明るい女の子がいました。
その子の顔はひどいやけど痕でした。
僕の事を新しく入ってきたスタッフだと思ったらしく、笑顔で話しかけてくれました。
実は僕は挨拶程度しかできませんでした。
言葉が出ない。


その女の子は爆弾に巻き込まれたそうです。
そして顔を含めて大きな損傷をおってしまったのです。


戦争なんて関係のない女の子が巻き込まれるなんて理不尽だと思いました。


そうなんです。
世の中は理不尽なんです。


日本でも大きな地震とその後にやってきた想像を絶する大津波。
良い人が助かり、悪い人が助からなかったなんてことはありません。
善悪もなく、その場にいた人を容赦なく巻き込んでいきました。


現在僕は津波被害の位牌修復ボランティアにお金を使ってしまっています。
募金やチャリティも実際にお金がかかるそちらに使わざるおえません。
とは言っても何とかそちらにも少しは振り込みをしたいとは思っています。


人生は一期一会。
袖触れ合うのも多少の縁。
出会った運命は僕は大切にしていきたいと思っています。


皆さんも興味のある方はドイツ国際平和村を検索してみてください。
何かやれる事があると思います。
ちゃんと日本語サイトもありますし、支援している日本のNPOもありますので。


もうすぐ年末ですね。
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