御駄物な話

伝統的な技法を駆使して天上天下唯我独特なデザインを生み出す駄な物づくり哲学

3月11日2:46

震災発生時刻、僕は気仙沼にいました。
僕らがやっている位牌修復ボランティアの活動を協力してもらっている気仙沼の写真修復ボランティアの高井さん達と一緒に手を合わせてきました。


きっかけは大川総裁です。
総裁が津波によって位牌が落し物扱いされてしまっている。
1年間全く誰にも拝まれないなんて可愛そうじゃないか、我々だけでも手を合わしに行きましょう。
総裁だけが津波で傷ついた位牌を拝む物としてしっかりと見ていたんです。
それに気づかなかった僕はまだまだです。


そんなことで急遽同行することになりました。
3月10日の午前2時に一緒に活動している塗師の伊藤くんと厄年会で一緒の中村さんをピックアップして東京へ。
大川興業の事務所で総裁達をピックアップして一路東北へ。
想像していた大きな渋滞とか雪とかもなく、10日の午後には気仙沼に到着。
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まずは鹿折唐桑駅前に今もある巨大な船に献花(献花台がないので持ち帰りました)してきました。


一番の目的地である「思い出の品の展示場」へ移動。
以前は気仙沼の唐桑体育館にあったのですが、体育館をいつまでも使うわけにいかないので廃校となっている旧月立中学校の校舎に移転しています。
初めて伺いました。
木造校舎の廊下にお位牌は並べてありました。
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スペースの都合ですべての位牌を並べることができないと聞いていたので、愛知県から展示できる棚を作成して現地で組み立てました。
さらに展示会場内にある備品を活用して箱に閉ってあったすべての位牌を展示することができました。
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自分がボランティアで何度も訪れていて、案外と献花したり祈れる場所が少ないと思っていたので、高井さんにお願いして思い出の品の展示会場内に祈れるスペースを設けさせてもらう事にしました。
せっかくなので被災に会われて亡くなった方のための大きな位牌をその場に展示させてもらう事にしました。
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この位牌は名古屋の比田仏具さんが事情を理解していただいて寄贈してくださった位牌です。
その裏には位牌修復ボランティアを愛知県で支えてくれた方々の名前をいれさせていただきました。
もちろん、大川総裁と大川興業スタッフの皆さんの名前もあります。


祈れる場所の準備は結局10日の夜8時近くまで行いました。
高井さんには遅くまで付き合っていただきました。
本当にありがとうございました
その後、気仙沼の復興屋台村で会食。
いろいろと現状をお聞かせいただきました。
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現地でしっかりと地に足をつけて活動している方々は皆ユニークです。
誰一人テレビでの涙の押しつけのような事を言う人は僕の周りにはいません。
現状はつらいのだと思いますが、輝いているように見えました。


その日は気仙沼の民宿に泊まりました。
あんなに一生懸命さがしていた宿だったのですが、地元の方に相談すると簡単に見つけてくれました。
それも貸切状態で僕らだけの宿泊でした。
その宿も津波被害を受けていたのをボランティアさんの助けで夏には再開させたそうです。
3.11を迎えるには本当にぴったりの宿でした。
その夜は静かに深けていきました。


3.11の朝は深々と雪が降っていました。
3月11日の海をどうしても見たかったので宿の目の前の漁港を散歩してきました。
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そこで見つけたのは海の方角を見つめる恵比寿さま。
海の守り神は1年前の津波を見ていたんだろうなぁ。
3.11で一番最初に手を合わせた場所です。
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少し時間があったので陸前高田へ行ってきました。
陸前高田の橋の下にあるど根性ガソリンスタンドで給油して高田の一本松が見えました。
どうせなら献花してこようと思い、花を持っていくと沢山のメディアが待ち構えていました。
超ドン引きです。
しかたないですけどね。
献花は一本松の近くの廃墟にしてきました。
(こちらも献花台がないので持ち帰ってきました)
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その後気仙沼の思い出の展示会場に戻り、途中になっていた祈る場所の展示を急ピッチで行いました。
そして震災発生の2:46分が近づいてきました。
すると会場にいたボランティアスタッフの方々や思い出の品を探しに来ていた方々が僕らが作った位牌の前に線香を順番にあげていき、その時間が訪れました。
どこからともなく、サイレンと鐘の音が聞こえてきました。
誰かともなく手を合わせて静かに祈りが始まりました。
現地の方々が粛々と穏やかな気持ちで祈るお手伝いができたことに本当に感激をしました。
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僕たちのやっていることは位牌を直して届けているだけではないのですね。
こうやって祈る場所を作るボランティアをしていたのだと気づきました。
それが3月11日に現地に行って学んだことです。


その後、南三陸の防災センターにも立ち寄って献花してきましたが、こちらもメディアの張り込みがすごくてとても祈る気持ちになんかなれなかったです。
なんか片付け仕事のように手を合わせて帰ってきました。
きっとここを訪れた多くの方々は僕と同じように心を込めることができなかったかもしれないですね。


その後次の目的に向かう途中で僕が実行委員会として参加している地元のイベント「祈りと和」にスカイプ中継で参加させてもらいました。
総裁も強引に出てもらったりして少しだけ愛知県の方々に被災地の現状をお伝えすることができたんじゃないかなぁって思っています。


夜は福島の南相馬に宿泊。
翌3月12日は原発事故発生の日。
その日に僕たちは特別の場所へ行く事になっていました。
その話はまた別の機会に。
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