御駄物な話

伝統的な技法を駆使して天上天下唯我独特なデザインを生み出す駄な物づくり哲学

僕が被災地に行く理由

被災地に行くようになって何度目からだろう?実は覚えていないですが、ボランティアに行くという感覚が無くなっています。
行って現地の方々の話を聞くという事が自分の中で猛烈に勉強になっています。
東北地方で開催されるセミナーに参加しているという感覚のが強いです。


正直言うと今の僕は10年前の僕と同じで「迷い」が生じていました。
僕の中にあった前に進む原動力だった「正義」がぐらついていたからです。


震災発生直前まで、僕は300年続く伝統技術を継承する為の戦略として、いろいろな企業のコラボを誘発させて世界にうって出ることに心血を注いできました。
ジャパンブランドの認定を受けて補助金を三河仏壇復興のために引っ張ってきました。
ホップ、ステップ、いざジャンプって時に梯子を外されてしまい、僕が今まで必死になってやってきた事の多くはとん挫してしまいました。
サポートしてきてくれた方々にも、一緒に活動してくれた方々にも多大な迷惑をかけることになってしまいました。
1年経過した今でも申し訳ないと思っています。


そして被災地で位牌や仏壇を直すボランティアをするようになって、また心がぐらつきはじめています。
それは一つの仏壇の修復依頼からです。
新品を買えば3万円くらいで購入できる仏壇を直してほしいと言われました。
その仏壇は2歳で亡くなった子供の為に買った仏壇で、津波を生き残ったかけがえのない物だと言われた時に僕の中で自分の持っていた鉄壁の正義が崩れてしまいました。


僕は仏壇を家具などと同等に見ていたんです。
新商品を開発したり、企業コラボで仕事を作ったりすることで伝統保全をはかる……伝統だけを守るという正義しか僕になかった。


仏壇はモノであってモノでない。
また仏壇にはストーリーがあって、それすら価値に含まれていく……そんな基本的な事を全く気づいていなかったんです。
仏壇を作ってきて、知らず知らずのうちにそれが飯を食うための手段だけになっていたんです。
作り手がこんな感じだから、きっと顧客にそっぽ向かれたのかもしれない。


実は信念が揺らぐというのは、物凄いキツイことです。
情熱だけで動いてきたような人間が、もがいてやっと道を見つけて、進みだしたら通行止めだったんですからね。
もう一度引き返して違うルートを探さなければいけません。
その脱力感たるもの凄いです。


幸いなことに被災地での多くの方々のレクチャーで新たに自分が進む方向を示唆していただきました。
今後はきっと迷わないと思います。
かなり大きな変革を伴うと思いますが。


仏壇や位牌などを作ること自体が社会貢献になりえるという事を僕に気づかせてくれた。
新たな正義というのか、レベルアップした正義が見えています。


僕が勉強になった被災地での活動。
本日午後7時より幸田町商工会で開催されます。
テレビの報道とはあまりに違うので衝撃を受けるかもしれません。
涙の押し売りはありませんが、考えなさいって押し売りはあるかもしれません。
お時間のある方はぜひご参加を。
ふらっと立ち寄っていただければ結構ですので。


またストリーミング配信もしますので、良かったらそちらもどうぞ。
「仏壇ナイト」で検索していただければすぐに見つかります。
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