御駄物な話

伝統的な技法を駆使して天上天下唯我独特なデザインを生み出す駄な物づくり哲学

僕の好きなデザイン「イームズチェア」

なぜか僕はミッドセンチュリーデザインが好きであります。
その中でもイームズチェアはダントツ大好きです。
コツコツと購入して気が付けば10脚ほどコレクションしてしまいました。
もちろん復刻版ではなく1950年代~60年代の当時物ばかり。
イームズがブームになる前に買っていたのでコレクションできたのですが、今だったら高くて買えないな。


日本人にとって椅子の文化は歴史が浅い。
元々畳の上に座布団敷いて座る文化であった。
僕が子供の頃でも椅子に座って食事をするって風習はなかった。
気が付けば日本人の殆どが椅子に座って食事をするようになっている。
お寺でも膝が悪い人が多くなって椅子でお参りするようになってきている。
椅子とは凄いスピードで日本文化に浸透してきたのだ。


昔の日本人では椅子に座れるのは一部の人間だった。
座している人よりも一段上にいるので、身分の高い人しか椅子には座れなかった。
その中に僧侶がいた。
座っていたのはキョクロクという独特の椅子。
その僧侶用の椅子を僕のお爺ちゃんが作っていた。
高度経済の成長時期に海外でその椅子が作られるようになって、父がその技術を仏壇製造にイノベーションさせた。
そして僕は仏壇屋の2代目としているのだが、仏壇も海外で作られるようになって新たなイノベーションを模索している。
物つくりは常にイノベーションを求められるセクションなのだろう。
伝統を守れるひと握りの世界は、物づくりだけでなくブランディングも同時にやってきた人達だと思う。
日銭を稼ぐ仕事ではなく、数十年先を見据えていたのだろう。
そのような先人を本当に尊敬する。


僕は物づくりの原点が大切だと思う。
仏壇を作ってきたのではなく、僧侶の椅子を作ってきた家であり、その先は米を作っていた百姓の家だった。
代々新しいことをやってきた家であり、創意工夫に挑戦してきた家であるのだ。
だから守りを大切にしないのかもしれない。


宇宙が今よりも近かったミッドセンチュリーの時代。
その中でそぎ落とされたデザインを持つイームズチェアに魅力を今でも感じる。
それは凄いことだ。
イームズデザインは伝統って言葉を使わない。
数十年たっても最先端だからだろう。
いつかそんなデザインができればいいと思う。
なので僕がデザインするときに座るのは常にイームズのチェアである。
140517_1903~01
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