職人2.0という概念は昔からの僕の持論です。
伝統職人とかって進歩しないのが美徳である。
電動工具なんて使わずに、古来からのやり方で物作りをするのが理想である。
それを目指す人はすでに職人2.0ではあるのだが、僕が言いたいのはちょっと違う。
その職人2.0とは何だという説明の前に職人1.0とは何だ。
職人とは綺麗な物づくりができる人である。
職人に「綺麗に作るね」って褒めてくれる人がいます。
それって当たり前です。
上手に作れる事に満足しちゃっている人は職人1.0。
創意工夫せずに手だけ動かす職人。
高度成長期やバブルの頃には早く上手く仕事ができる職人が素晴らしかった。
グローバル化の流れで格安の物が入ってくる。
職人の物が良いのはわかるが、見た目が同じなら安い海外製でいいやって思う。
技術よりもコスパ(コストパフォーマンス)が優先される。
その結果、日本の伝統製造はガタガタになってしまった。
コスパって言葉は恐怖だ。
低価格帯の物をほめたたえ、高価格帯の物を失墜させる言葉だ。
そしてコスパを大切にする人は情報発信された物に蟻のように集まる。
それが世に言う「ブランディング」ってヤツだろう。
新聞に掲載された、テレビで紹介された、雑誌に載った、有名人が紹介したってわかると物の価値があがる。
(ただし、瞬間的でしかない価値が向上するだけですが)
でも僕はそれを否定しない。
その情報発信力は伝統を救う可能性があるからです。
グローバリゼーションがもたらしたコスパの感覚は日本の伝統を破壊してきた。
しかし、破壊されたからこそ、それを守らねばならない感覚を持つ人も生まれている。
日本という素晴らしい国を大切にしなければというナショナリズムも当然復活する。
数百年続く事が当たり前の日本の伝統を日本人は簡単に放棄できるはずがない。
しかし、破壊された日本の伝統と多くの人は接点を持たなくなってしまった。
特に漆の物なんて見たことも触ったこともない人が多いのではないだろうか?
(漆風のプラスティックのお椀を漆だと思っている人も多いと思う)
要するに伝統職人が担うのは物づくりだけでなく、同時に普通の人と接点を作らなければいけない。
伝統技術の事を人が知ることができる入口を作らなければいけないのです。
だから情報発信をして取材をうけることで伝統への関心を持ってもらうことは大切なのだと思う。
話がそれた感があるが、ただ物を綺麗に作る職人が1.0だとすれば、2.0は綺麗に作った物を人に知ってもらう活動と行動をする職人である。
幸いな事に我々伝統職人を苦しめてきたグローバル化の根源であるインターネットという環境が整備されている。
ソーシャルネットワークを使えば容易に情報発信ができる時代である。
伝統職人が少なくなった昨今、我々が作る物はニッチであり、ニュース性の強い物になっていると職人は自覚すべきである。
そしてそれを作り続けていることを誇りに思い、大いに人に自慢すべきである。
僕にみたいに変わった物を作る必要はない。
普段作っている伝統の物を情報発信するだけのことだ。
黙々と寡黙につくる姿、伝統を守る姿勢などがすでにコンテンツとして素晴らしいのですから。
職人にあこがれる職人としては、それを伝えないのがもったいないと思っております。
だから、皆が職人2.0にバージョンアップすれば世の中の方がびっくりして面白い日本になるような気がします。
そして日本の伝統に興味がある人達の力で伝統を守ってもらえることになるのです。
我々が作る物は誰かに買ってもらうことで保全されてきたという事を作る側が忘れてはいけないのです。
人々が使ってくれたから伝統が残ってきただけである。
人々からそっぽ向かれたら、それで終わりであるという事に気づかなければいけないのです。
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