御駄物な話

伝統的な技法を駆使して天上天下唯我独特なデザインを生み出す駄な物づくり哲学

自分が好きなものを思い出さなきゃダメなんだよ

伝統的な物づくりの現場が崩壊しつつある現在、新たなヒット商品を考えなければいけない。
しかし常識が邪魔をする。
それから世間のイメージも邪魔をする。
皆が伝統の仕事をしているって褒めてくれるから、
知らず知らず、身の丈よりもかなり高い場所にいるような気になってしまう。
普通の考えだと、「世の中に恥ずかしい物を出せない」ってことになっちゃう。

僕は10年くらい前に仏壇の技術でアート性の高いプロダクトを作り始めた。
最初にぶつかったのは発表の場です。
国指定の伝統的工芸品に認定されている「三河仏壇」を作っていても、仏壇を工芸品として見てくれる人がいるわけもない。
当然だけども仏壇がアートであるわけがない。
発表すべきジャンルが仏壇以外にないのです。

僕が発表の場で選んだのは東京の「デザインフェスタ」や名古屋の「クリエーターズ・マーケット」などの自由に発表できるアート系のイベントへの参加でした。
そこには工芸もアートもなく、プロもアマの垣根もなく、小さなブースエリアを自由に使って発表できた。
ブース料を支払って仏壇作品を展示した。
すべてはそこから始まった。
イベントに何度も出ている間にアーティストの知りあいも出来た、ギャラリーの人とも知り合った、今に至るネットワークはこういうイベントで培ってきた。

そこで気づいたのは伝統の世界にいる職人も、数百円の物をつくっているアーティストも関係ない。
仕事をゲットしようとしているアーティストの方が元気だったりする。
伝統の世界は元気がないのだ。
守るものと攻めるものの違いかもしれない。

そして守ってきたものが崩壊し、攻めに転じなきゃいけない。
その時に必要なのは「元気」なのだ。
職人が元気になれるのは、好きな物を作る時だろう。
売れるものを作ろうと思うから、苦しくなる。
好きだった物を作って、売ってやればいい。

だから、自分が好きなものを思い出さなきゃダメなんだよ。
それが物づくりの中で自分のパーソナリティが作り上げられる。
それを見つけて、普段の仕事をしてみたらわかる。
同じ物を作っても「顔」のある商品ができていることを。
そして、自分の作ったものを人に語れるようになっていることに気づくはずです。

だから好きなものを思い出さなければ、新たな商品が生まれないのだと思う。
作りながら思い出してもいいのかもしれない。

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