御駄物な話

伝統的な技法を駆使して天上天下唯我独特なデザインを生み出す駄な物づくり哲学

改革しちゃダメなんだよ

僕は改革って言葉が嫌いです。
改革って古い物を破壊した上で新しい物を構築するからです。
改革の後には輝かしい未来が待っているようなイメージがあるんですけども、多くの場合は混乱するだけです。
伝統の世界にも新しい風をって外部の人は言うけど、僕はそうは思わない。

新しいことをやっていると「とんがってる」って思われるけども、案外僕はとんがってはない。
どちらかと言えば、いかに伝統を守るかを考えている。
だから改革とかは嫌いなのだ。
保守的な人間である。
(最近は保守って言うといかがわしい人達も多くなってきているので、反改革的な人間って方が正しいかも)
人を否定したり、誰かの悪口を言うことが醜いと思っているから、批判から入る改革って言葉が好きになれない。

改革と似てるんだけど違う言葉で「展開」って言葉があります。
僕は「展開」って言葉が好きです。
それは破壊を伴わなく、進歩していくイメージがあるからです。

日本の伝統の素晴らしい所は「継続性」です。
数百年って続いている。
300年の歴史がある三河仏壇だって、明治維新、世界戦争など今よりも価値観が大きく変わらざる時代を無事に乗り切ってきています。
改革を拒否しながら、じっと耐えたのだと思います。
そして耐えしのんで、時期を見て展開していったのだと思います。

「日本人くらい、伝統をおしげもなく捨て去って、さっさと始末してしまう国民のいない」と三島由紀夫さんが言っています。
しかし、多くの日本の伝統は国民に見捨てられても現在に残っている。
不思議な継続性というのか復活力というのか、表現がわからないけども、日本の伝統は生命力が豊かである。
常に時代が新たな展開を求めているのは確かだとは思う。

ただ、そこには否定から入る必要はない。
間違いなく「日本の伝統文化および工芸」は素晴らしいからです。
そこを疑う必要はない。
自分の技術が素晴らしいコンテンツであるという認識を持ち、その技術を違う形で表現をする。
それだけで技術の継承がはかれ、日本の伝統の継続性は保たれると思う。
伝統をおしげもなく捨て去っているように見えるだけで、そこには文化の継続性はあるはずだと思う。
そう考えれば新しいものを作ることも否定されることはないと思う。
物づくりは楽しくやればいい。

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