御駄物な話

伝統的な技法を駆使して天上天下唯我独特なデザインを生み出す駄な物づくり哲学

「武壇-budan-」

 三河に生まれた男なら誰でも戦国武将に憧れる…はずです。
僕もその一人。
僕は戦国最強の本多忠勝公が推し武将です。
なんといってもあの忠勝公の甲冑はヤバすぎる。
デカすぎる大鹿角の脇立てに心を射抜かれています。
言い忘れていましたが、僕は角がやたら好きです。
ウルトラマンで誰が好きかと言えば角があるタロウか父と答えます。
という事で今回紹介する作品「武壇」は僕の角好き&戦国から生まれたものです。

 「武は矛を止むるをもってす」なんて言葉がありますよね。
諸説ありますが、武器というのは戦いを止める道具であるという意味が主流です。
僕もこの考えが好きだし、日本の武士道っぽい。
特に三河武士の代表でもある徳川家康公は人を極力殺さなかった事で有名です。
大量虐殺をした信長公や秀吉公とは全く違う長期平和政府を作ったのは、武と権力の解釈の違いからくるような気がする。
また戦国武将の兄弟や親戚は僧侶になる者も多かった。
人を殺さなければならない武将と殺した人を弔う僧侶はワンセットになっていたのだろう。
まさに「剣禅一如」の世界。
この思想は今でもしっかり残っている。
以前三重県の郷土資料館に行った時に漁師さんが祀っていた魚供養用の位牌を見た時にはビックリした。
また反捕鯨団体の方を鯨供養している日本の神社に連れて行ったニュースがあったが、捕鯨国である日本の方が鯨に対して深い愛情があると供養する姿から理解したようだ。
僕は供養の本質は「ありがとう」と「ごめんなさい」の間の感情だと思っている。
またそれが命をいただいて「生きる」という行為すらも表現しているのではないだろうか?

 日本の武具は他国の物と違って、美しい物が多い。
身を守るだけだったら角を付けたら邪魔だと思うが、そこが日本の美意識だろう。
戦いには無駄だけども、カッコ良さも求めちゃう。
それって粋だよね。
伊達正宗公の有名な三日月がついた兜は刀を振り下ろす方がちゃんと短くなっている。
日本の工芸でよく言われる「用の美」ってヤツを守っているから凄いよね。
お洒落な男を「伊達男」なんて言うのもわかるような気がする。

 実は仏壇の屋根に角を付けてみたら、驚くほどバランスが良い。
ニューヨークで個展を開催した時に展示したら「日本ではこれを拝んでいるのか?」って質問されてしまった。
それくらい普通な感じがしたのだと思う。
そして見せ方次第では仏壇が海外で通用するんだって手ごたえを感じた作品でもある。

NY個展のチラシ
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